第39話 大将軍(笑)と新四天王



 あの騒乱から、数か月が経過した。

 今では、『魔都騒乱事件』と称されるあの事件の直後、勇者たちはこの地を去って行った。


 そもそも、やつらは人間。

 不倶戴天の敵としてお互いを見ているため、魔族の中にはたとえ助けてもらったとしても、勇者に対して敵意を持つ者だって大勢いる。


 魔族絶対繁栄させるウーマンのルーナも、さすがにあの直後勇者を暗殺しようとはしなかった。


「私はいつか必ずあなたを倒します。それまで、誰にも負けないでください」


 めちゃくちゃ嬉しくない執着心を抱かれてしまっているようで、勇者はそんな言葉を吐いて去って行った。

 やだ……殺害予告されている……。


 激しく戦慄する俺。

 というのも、彼女の持っていた聖剣の一撃。


 あの黄金の炎をまき散らす迷惑極まりない大量殺戮兵器が、俺に向けられると考えると恐ろしくて仕方なかった。


【まあ、大丈夫だがな!】


 しかし、俺はそれほど深く絶望していなかった。

 むしろ、希望に満ち満ちていると言えるだろう。


 その理由は簡単だ。

 もはや、俺は勇者に狙われるような立場ではなくなるからである。


「暗黒騎士様、ご入室ください」


 そう言って、扉を開ける魔王城に使用人。

 俺は鷹揚に頷き、部屋の中へと入っていく。


 そこは、玉座の間。

 かつては耄碌した魔王が座し、その傍らにはいつも太ったデニスがいたのだが、どこかよどんだ空気はどこにもない。


 魔王が暴走した際に倒壊した魔王城は、この数か月で見事に再建していた。

 そして、新しい魔王城には、新しい魔王がいる。


「お待ちしておりましたわ、暗黒騎士様」


 魔王ルーナ。

 何代目かは知らないが、歴史ある魔王の座に彼女はいた。


 エドワールの死後、彼女はすぐに魔王に就任した。

 デニスという対抗馬も死んでいるため、最も魔王に近かったのがルーナだ。


 とはいえ、魔族は人間と違って、血をそれほど重要視しない。

 人間の王は代々世襲でつながっていくのに対し、魔王は初代から血のつながりがあるというわけではない。


 強い者が正義。

 そのため、次代の魔王を狙って魔族たちが立ち上がっても不思議ではなかったのだが、あの魔都騒乱事件である。


 あの混乱で次代魔王がどうとか言っていられるような状況でもなくなり、またその混乱を収束させたのがルーナということもあって、彼女の求心力が強まった。

 結果として、彼女は魔王として君臨することになる。やったぜ。


【ふっ……成し遂げたな】


 思わずそう呟いてしまう。

 そう、俺は成し遂げたのだ。


 あの絶望的な勢力争いを勝ち抜き、言質をいくつもとり、ルーナを魔王へと押し上げた。

 それもこれも、すべては俺のため。


 俺が、四天王から退職するためだ。


「ええ。すべて、暗黒騎士様のおかげですわ」


 ルーナは何か勘違いしているようで、うなずいていた。

 まあ、構わない。


 勝手に恩を感じてくれるのであれば、止める必要もない。

 その恩、しっかりと返せよ。


 周りには、ルーナだけではない。

 四天王メビウス、オットー、トニオを筆頭に、他にも幾人か魔王軍の中でも立場の高い者たちが集まっている。


 そして、その中には俺の副官とされているフラウもいる。

 とてつもない場だ。


 俺が鎧を着ることがなければ、間違いなく一生目を合わせることすらなかった奴らがここには集まっている。

 それに加え、この場の主役はまさしく俺なのだ。


「暗黒騎士様。あなたは、わたくしとの約束を果たしてくれましたわ。あの、圧倒的不利な状況で、天爛派に属したこと……。それは、並大抵の者では決してできなかったことですわ」


 ルーナが近づいてくる。

 ふっ……気にするな。


 すべて、俺のためだ。

 お前や魔族のことは、まったく考慮していなかったぞ。


「だから、今度はわたくしがあなたとの約束を果たしましょう」


 そのルーナの言葉に、俺はゴクリとのどを鳴らした。

 すでに、俺は四天王を辞めるということを伝えてある。


 だからこそ、普段まったく来たくなかった魔王城にも、意気揚々と乗り込んできたのである。

 約束を果たす。ルーナはそう言った。


 そして、俺の目的は、すでに伝えてある。

 つまり……。


「暗黒騎士様。あなたを、四天王の任から解きますわ」

【――――――】


 その時、世界がパッと輝いた。

 美しい花びらが、宙を舞う。


 そして、心の中からあふれてくる歓喜の感情。

 ああ、俺は……俺はやったんだ……。


 ついに……ついに!

 んほおおおおおおおおおおおおおお!


 俺はついにやったぞお!


「……暗黒騎士をないがしろに扱うおつもりか? あなたの最大の味方でしょう」


 苦言を呈する四天王がいた。

 余計なこと言ってんじゃねえぞオットー! ぶっ殺すぞ!


「これが、暗黒騎士様の御望みなのです。盟約を交わしたわたくしに、そのことをどうこうすることは不義理ですわ」


 そんなルーナの言葉に、思わず俺もにっこり。

 ほんまですやで、魔王様。


 へへっ、足の指舐めましょうか?


「そもそも、暗黒騎士様は四天王という地位程度では収まりきりませんわ」


 …………ん?

 おかしいな。褒められているはずなのに、悪寒が……。


 どうしたんだろう。鎧で身体が冷えてしまったのかな?


「暗黒騎士様。わたくしは考えましたわ。考えて……暗黒騎士様に相応しい地位を思いつきましたの」


 一歩俺の方に近づいてきたルーナを見て、俺は底知れない恐怖を抱いた。

 おい待て。止めろ。


 おかしいぞ。言っていることがおかしいぞ。

 相応しい地位? なにそれ。


 四天王を辞めたら魔王軍からも退職だろ?

 よし分かった。もう喋らなくていいぞ。


 だから口を開くなあああああああ!

 不穏な空気を察した俺は、そう心の中で絶叫する。


「暗黒騎士様。あなたを、四天王を統括し、魔王軍の全権を扱うことのできる『大将軍』に任命いたしますわ」

【――――――ぽ?】


 あまりの衝撃に、俺は何も包み隠すことなくへんてこな声を漏らしてしまった。

 だ、大将軍……?


 なんだい、その取ってつけたような名前の役職は。

 そんなのが魔王軍にあるなんて聞いたことがないんだが?


 しかも、四天王を統括?

 無理だろ、あんなヘドロみたいなやつら。


 そもそも、部隊の指揮すらしたことのない俺に、魔王軍全部を動かせと?

 バッカじゃねえの!? バカだ! バカバカバカバカバカ!!


 んなもん求めてねえよ! できねえよ! やりたくねえよ!

 おら、お前ら! 反対しろ! 全力で反対しろ!!


 俺の目は、我の強い四天王たちに向く。

 魔王軍最高戦力に位置づけられるあいつらが強く否定すれば、さすがに魔王となったばかりのルーナでも押し通すことはできないだろう。


 さあ、言え! 意味の分からない役職を作るなと言え!


「……どうでもいい。面倒くさい」

「私を倒したから、認めてやろう。まあ、いずれ下克上するがな」

「俺は納得できねえが……こいつを倒したっていうのはスッキリしているし、今だけは認めてやるよ」


 上からメビウス、オットー、トニオです。

 全員役立たずです。本当にありがとうございます。


 面倒くさいで思考放棄しているメビウスはともかく、二名ほど俺の命を狙っている者がいますねぇ……。

 おかしいですよ魔王様……。


「ぶふっ……ぷっ、ぐふふっ!」


 手で口を押え、腹を片手で抱えて笑うバカ者がいる。

 とんでもなくブサイクな笑い方しているな、フラウ。


 そして、それが俺を笑ったものだと思うと、断じて許せん。

 俺だけが不幸になるなんて、間違っているのだ。


【……私がその大将軍とやらになると、四天王の一枠が空席となる】

「ええ、そうですわね」


 突然話し始めたのにも関わらず、ルーナは表情を変えることなく応待する。


【私がここまで来られたのは、私だけの力ではない。ひとえに、いつも共にいてくれたフラウの尽力と献身のたまものである】

「……おい、待て。お前何を……」


 怪訝そうな顔をしていたが、俺の言葉にゾッとしたのか、慌てて止めようとしてくるフラウ。

 残念だな。少し初動が遅かった。


 俺は胸を張って、声を出す。


【よって、私は四天王にフラウを推薦する】

「私人間だぞ!?」


 またまたー。


【嬉しさのあまり錯乱して妄言を吐いているようだ】

「違う!!」


 おのれ、と剣を抜いて襲い掛かってこようとするフラウ。

 で、殿中でござる! 殿中でござる!


「暗黒騎士様が推薦されるのであれば、間違いありませんわ。フラウを四天王とすること、認めますわ」

「!?」


 愕然とするフラウを見て、俺は笑顔になる。

 やったぜ。


「では、これからもよろしくお願いしますね、暗黒騎士様」


 そう言って、ルーナは薄く微笑むのであった。












 ◆



「貴様ぁ! こ、ここまでやるか! この暗黒騎士め、許さん!!」

【俺だけ不幸とかおかしいからね。世界を修正し、皆を奈落に引きずり込まなければならないからね】


 謁見の後、掴みかかってくるフラウを見て、満面の笑みを浮かべる俺であった。



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