あなたが拾ったのは普通の女騎士ですか？ それともゴミクズ系女騎士ですか？

第38話 なにしてんだクソ鎧！

『どけ、どけ』

『殺されたいのか。呪い殺してやるぞ』

　怨念どもの前に立てば、凄まじい圧を感じる。

　憎悪、憤怒、殺意……どれもこれも、俺みたいな聖人に向けられるのはおかしい。

　しかも、どれも濃密で、相対しているだけでも気が飛んでしまいそうである。

　俺が立っていられているのは、ひとえに鎧に身を包んでいるからに他ならない。

　退きましょう、鎧さん！

　別にここで身体を張る必要は微塵もないと思うのですが！

「暗黒騎士様……」

　俺の背後では、ルーナが小さく呟いて見上げてくる。

　おらぁん！

　なにポカンとしてんだ！

　早く俺の前に身体出してこいよぉ！

　お前が俺の盾になるんだよぉ！

【過去の遺物が現代にまで口を出すな。すでに死んだ、敗北者が】

　撤退を進言しているというのに、鎧は俺の口を使ってとんでもないことを口走ってしまう。

　は、敗北者……？

　どうしてそんな挑発的なことを言っちゃうんですかね？

　そんなことを言ったら……。

『我らを……我らを敗北者だと！？』

『許さん！　許さんぞ！　貴様は殺してやる！』

『魔王の力、思い知れ！！』

　案の定怒りを爆発させた思念体たちは、標的をルーナから変更する。

　俺のところに来たじゃないか！

　なにしてんですかクソ鎧！

　鎧は剣を構える。

　……思念体って斬れるの？

『ふははは！　剣を構えてどうする！？』

『我らは思念体。斬ることはできんぞ！』

　どうやら、斬ることはできないらしい。

　ほーん。じゃあ、俺になすすべないじゃん？

　……ああああああああ！　嫌でござる！　嫌でござる！

　どうやって逃げようかと必死に考えていると……。

【ならば、私の中に来るがいい】

　鎧はそんなことを言って、思念体を吸い込み始めたのである。

　……吸い込み始めたのである？

　――――――は？

『ぐおあああああああああああ！？』

「暗黒騎士様！？」

　思念体が悲鳴を上げながら、兜の中に吸い込まれていく。

　強烈な思念を抱いているあれらは、まさに劇毒だ。

　一体でも身体を蝕む毒なのに、それが数十、百以上のものである。

　常人であれば、耐えられるはずはない。

　それがルーナも分かっているからこそ、声を上げるのだろう。

　そして、俺は常人である。

　……死ぬぅ！

「え、何をしているんだあいつ。ゲロを貪っているようなものだぞ」

　フラウがとんでもないバカを見るような目で俺を見る。

　嫌な表現するなよ！

　本当にゲロを飲み込んでいるみたいに思えてくるだろうが！

　そんなことを考えている間に、思念体たちは鎧の中に吸い込まれ……俺と相対するような形になっていた。

　ちょっ、狭い狭い！　ここ一人用だぞ！

　……っていうか、なんで向き合えているの？

　ここも、一つの精神世界みたいになっているようだ。

　……俺の内側に入ってこられたの！？

　なにしてんだクソ鎧！

『な、なんだ貴様は！』

　こっちのセリフだぁ！

　何だテメエら！　招き入れてねえぞ！

『おのれ……。こうなってしまったからには仕方ない。貴様を殺し、この身体を我らに寄こせ！』

　切り替えの早い怨念たちは、一斉に襲い掛かってくる。

　ふざけんなよ！　なに妥協してんだテメエら！

　ちゃんと次代魔王のルーナを狙えや！！

　そもそも、こいつらはとんでもなく的外れなことを言っている。

　バカが！　これは俺の俺による俺のための身体だ！

　テメエらみてえな古臭い怨念風情が、好きにできる代物じゃねえんだよ！！

　もはや、恐怖なんてなかった。

　あるのは、ただ強い怒りである。

『な、なんだ！？　こいつの自我、強すぎる……！』

『我らを超える……魔王を超える精神力の強さだ！』

『……というか、自分が大好きなだけなんじゃ……？』

　俺の精神力が立派で崇高で誰よりも気高いということか！

　よく分かったぜ！

　うおおおおおおお！　死ねええええええ！！

　俺は自身の想いを強く持ち、彼らにぶつけた。

『ぐあああああああああああああ！？』

　強い光を受けた数千年に及ぶ長期間熟成された怨念たちは、悲鳴を上げて消滅していくのであった。

　俺、勇者より勇者らしいわ。

「あ、暗黒騎士様……」

　珍しく、ルーナが戸惑いの表情を浮かべている。

　本当はお前が俺の盾にならないといけないんだぞ。ちゃんと精進しろよ。

　同じミスは許さないからな。

【……話をしろ。それが最後になる】

「っ！」

　俺の言葉に、ルーナは父……魔王に寄り添う。

　おそらく、魔王は生きることはできない。

　あの怨念たちに身体を蝕まれ、それに加えてデニスの毒である。

　彼の身体は、ボロボロだ。

　だから、最後の会話。

　いまいちよく分からないが、家族ってそういうことを大切にするんだろ？

　俺を退職させてくれる魔王様だ。

　それくらい、おぜん立てしてやろう。

　そんな俺に、フラウが近づいてくる。

「……なにしていたんだ？　本当に」

【知らん。俺はもう知らん、何も。全部鎧さんが悪い】

　四天王を辞めた後は、お前だ鎧。

　ユリアが絶対に見つけるであろう解除方法で、お前ともおさらばしてやる。

「お父様……」

「……ああ。こんなにも清々しいのは、久しぶりだ。これが、本来の自分だけの身体なんだったな」

　親子の会話が始まる。

　こんなにしっかり話をしている魔王を見るのは初めてだ。

「ルーナ。済まなかったな。父としても、王としても、お前にしてやれることは何もなかった。しかも、暗黒騎士がいなければ、あの悍ましい集団もお前に押し付けることになっていた」

「……いえ、結果、あの方に救われたのですから問題ありませんわ」

　救いたくなかったんですけどね。

　いや、俺を退職させるまでは助けていたけど、あそこまで自分を犠牲にする手段は絶対にとらなかったわ。

「お父様。わたくしは魔族を……世界で最も幸せな種族にしてみせますわ。幸い、わたくしのことを支えてくれる方もいらっしゃいますの」

　フラウのことですね。

「暗黒騎士のことだな」

　俺の手が伸び、フラウの頬を引っ張る！

　奴も対抗して手を伸ばしてくるが、残念……！

　全体鉄の鎧……！　どうしようもない……！

「だから、安心して眠ってくださいまし」

　あの無表情の冷徹なルーナが、笑みを浮かべた。

　それは、笑顔を浮かべなれた小奇麗なものではなく、少々不格好だったかもしれない。

　それでも、魔王を安心させるには十分な笑顔だった。

「ああ、そうか。すまない、少し疲れていたんだ。ゆっくり……寝させて……もら……」

　そう言って、先代勇者を滅ぼした強い魔王は、ゆっくりと目を閉じた。

　その目は、二度と開くことはなかった。

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