第37話 よ、鎧さん!?



 魔王も、無傷ではない。

 身体の形を作っていた黒い影は、ところどころかけている。


 大きなダメージを負っていることは明白だ。

 それだけ、黄金の炎を放つ聖剣の力は強かったのだ。


 だが、それでも魔王は倒れない。

 いまだに立ち、勇者を殺そうとしている。


「聖剣の力を受けても……これが魔王!」


 呆然とする勇者。

 なにのんきなこと言ってんの?


 お前が倒さないとどうするの? 死ぬの?

 お前ひとりが死ぬのはまったくもって問題ないが、それに俺が巻き込まれたら……。


「…………」


 あぁ! やっぱり、攻撃してきた勇者の方を、魔王が凝視している!

 そして、その隣にいる俺のことも視界に入れていて……。


 いやぁ! 見ないでぇ!


「ふっ、頑張れよ、暗黒騎士」


 安全圏に逃れているフラウが、俺を見てそんなことを言ってくる。

 クソが!


 もう自分の仕事は終わった感を出しやがって……!

 人に押し付けて自分だけ高みの見物を決め込むなんて、最低だ!


 人間の風上にも置けない!

 あれは魔族だ!


「オオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「くっ……!」


 魔王の雄たけびが大気を揺らす。

 彼は腕を二本……いや、身体中からいくつも生やした。


 あの力で、地面に腕を潜ませ、突き上げるという攻撃を行っていたのだろう。

 それらはすべて勇者へと向けられる。


 よし、俺は関係ないですね……。

 ……なんてことを考えていたら、身体が勝手に動いて勇者の前に立っていた。


 よ、鎧さん!? なんばしよっかこのクソがぁ!


【ふん!】


 迫りくる鎧を一閃。

 たったの一撃で、すべて斬り払う。


 そうして、強い力を振るう腕は霧散させられるのであった。

 信じていました、鎧さん!


 俺は最初から信じていたよ、鎧さん!


【退いていろ。貴様の役割は、終わりだ】

「なっ……!?」


 ギョッとした驚愕の表情で俺を睨みつける勇者。

 怖い。


「何を言っているんですか!? 私がやらなければ、誰が……!」

【けじめをつけるのは、貴様だけではなく、もう一人適任者がいる】


 ですよね? と俺はさらに後ろにいる彼女を見る。

 メビウスとフラウが戦い、勇者が聖剣の一撃を叩き込んだ時も、ずっと力を溜めていたのはルーナである。


 自分の父親だからね。責任は取らないとね。


「そのような姿になるのは、本意ではありませんわよね、お父様」

「オオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 状況に見合わない優しい声音のルーナ。

 無機質な人形のような声しか知らない俺は、少々面食らってしまった。


 だが、その言葉も今の魔王には届かない。

 失った腕を再生し、今度はルーナに襲い掛かる。


「だから、わたくしが終わりにして差し上げますわ」


 迫りくる死の脅威。

 それでも、ルーナは薄く微笑み、ゆっくりと手を合わせた。


「『清浄の祈り』」


 光が、満ちた。











 ◆



 そこには、温かさがあった。

 ただ、父を想う娘の純粋な心。


 それが、光となって辺りを照らしていた。

 神聖さ、清浄さを存分に含んだ光であるが、メビウスたち魔族にダメージはない。


「……これが、家族を想う心」


 メビウスは胸が痛んでいるかのように、手でギュッと押しつぶしていた。

 普段の俺は、それを見て『んほぉ♡』と歓喜の声を内心で漏らしていただろうが、今はそれどころではなかった。


【(ぐああああああああああああああああ!?)】


 絶叫していた。喉が枯れるほど。

 声に出ていないのは、鎧さんの配慮だろう。


 いや、ここで情けない姿を見せていれば、四天王を辞めることも……って、そんなことを考えている余裕もない!

 めちゃくちゃ痛いんだけど!?


 光に当たる場所が、ジリジリと焼かれるように痛いんだけど!?

 なんで!? 魔族に効くっていうんだったら、メビウスもダメージを受けていないとおかしいだろ!


 平然としているメビウス。

 そして、当たり前だが人間の勇者たちも余裕の表情である。


 苦しんでいるのは、俺ともう一人。


「ぐああああああああああああ!? 焼けるように痛いいいいいいい!」


 悲鳴を上げているフラウがいた。

 おかしいな。あれ、魔族だっけか?


 何だこいつ……。本当に人間か……?

 のたうち回るフラウを見て、俺は痛みを忘れて唖然としてしまう。


 次第に光は収まる。

 そして、巨大な黒い影となっていた魔王の姿も消えていた。


 地面に倒れているのは、あの耄碌していた魔王エドワールだけだった。


「お父様」


 ルーナが魔王に近づいていく。

 感動的な親子の再会……とはいかなかった。


「ルーナ……ぐっ……!? ま、まだ近づくな! この身体の中に、こいつらがお前を狙って……!!」


 突然、魔王が苦しみだしたと思うと、彼の身体からぶわっと黒い瘴気が噴き出した。

 おならかな?


 もちろん、そんなことはなく、それは空中で徐々に形を成していく。

 それは、いくつもの人の形だった。


 気持ちわるっ。

 形作るだけならまだしも、それらは自発的に話し始めたのである。


『今代の魔王はもう終わりだ』

『次代の魔王が決まった』

『我らの思うままに、魔王としての責務を果たせ』

『人間を滅ぼせ』

『世界を掌握しろ』


 呪いかな?

 話し始めるというよりも、ブツブツと自身の欲望をぶちまけているだけである。


 すなわち、あれらは歴代魔王の思念体である。

 代々魔王に引き継がれていくものなのだろう。


 ……魔王ってなんだよ。

 しかし、さすがは歴代の魔王というべきだろうか?


 その思念は恐ろしいほどに強い。

 もしかして、エドワールがデニスにいいように扱われていたのは、毒だけではなくこの思念体の制御ができなくなったからというのも大きいのではないだろうか?


 魔王となる者は、この業ともいえる強烈な重荷を背負わなければならないのである。

 絶対やりたくねえわ。


『身体を……寄こせええええええ!!』


 そして、それら一つ一つでも強力な思念体は、一斉にエドワールの近くにいたルーナに襲い掛かっていくのであった。

 あぁ! 俺を退職させてくれる女神になんてことを……!


 ……とはいえ、俺にできることは何もなさそうだな。

 というか、よく考えてみると、魔王、デニス、そしてルーナが倒れれば、おそらく魔族全体を巻き込む魔王選定戦争が勃発するだろう。


 そのどさくさにまぎれれば、四天王なんて簡単に辞められるのでは?


【(天才だ……)】


 素晴らしい考えに行き着いてしまった。

 よし、怨念ども。遠慮なくルーナに憑りついて構わないぞ。


 ……と思っていた時だった。

 俺の身体が、まるで怨念からルーナを庇うように躍り出たのは。


 よ、鎧さん!?



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