第36話 私が死ぬぅ!

「ぬわああああああ!?」

【相変わらず女騎士とは思えない悲鳴だな!】


 空に高く打ち上げられ、フラウは俺の腕の中でそんな悲鳴を上げていた。

 悲鳴、野太っ!


 おっさんを抱えているのかと思った。

 どうやら、メビウスと勇者がうまく戦ってくれているらしく、追撃はなかった。


 そのまま地面に降り立つ。


「うむ、助かったぞ。だが、鎧が硬い。カチカチだ。痛いのだが……」


 俺の腕に抱かれたままのフラウが、不満を述べてくる。

 俺だって、この鎧を脱ぎたいわ。


 指で胸元を弄ってくるフラウを引き離す。


【助けてもらっておいて文句言ってんじゃねえよ、肉盾】

「私の使い道が見えてしまったのだが!?」


 ガーンとショックを受けた様子を見せるフラウを放っておき、近くまでやってきていたメビウスと勇者に話しかける。

 ちなみに、そうしていると誰も魔王を止めていられないため、助けてやったフラウをぶん投げた。


 悲鳴と怨嗟の声を上げながら飛んで行ったフラウを見送る。


【首尾はどうだ?】

「強いよ。魔王だし、当たり前だけど。……っていうか、あれいいの?」

「魔を滅ぼす聖剣の力なら、あるいは……。ですが、力を使わせてもらえませんね。……あれ、いいんですか?」


 状況を聞けば、二人ともしっかりと話してくれる。

 どうにもフラウを気にしているようだが、大丈夫大丈夫。へーきへーき。


 しかし、四天王の一人と勇者を相手取っているのは、さすが魔王というべきだろうか?

 耄碌しているんだったら、弱体化しとけよ……。


「ゆっくり喋ってないで、早く助けてくれるか!? 私が死ぬぅ!」


 フラウが戦いながら、そんな怒声をかけてくる。

 まだ余裕があるな。焦らそう。


 ……というか、いっぱいいっぱいとはいえ、魔王と戦えているあいつってなに?

 女騎士って、そんなに強いものなの?


「攻撃手段は、両腕を振り回すだけです。ですが、巨体に加えて力も強く、それだけで脅威です」

「私なら耐えられるだろうけど、この子は無理そう。小さいし」

「ちっ……!?」


 勇者は表情を崩してメビウスを睨みつける。

 まあ、勇者は身長も胸も色々小さいしな。仕方ないね。


 一方のメビウスは色々と大きい。仕方ないね。

 魔王のあの腕を振り回すという単純な攻撃も、勇者なら一撃で昏倒してしまう恐れがあるが、メビウスは耐えられそうだ。


 そして、魔王を滅する確実な方法があるのは、勇者だけ。

 そう考えると……。


【なら、メビウスとフラウで両腕を抑えろ。その間に、貴様は力を貯め、渾身の一撃を叩き込め】


 完璧で緻密な作戦だ……。

 自分の明晰な頭脳が恐ろしい。


「あぁん!? お前はじゃあ何をやるんだ!?」


 フラウは魔王と戦闘しながら、器用に顔をこちらに向けてぶち切れている。

 ちっ、聞こえていたか。


 こういうことにだけは耳がいいな。


【私たちを打ち上げたあの攻撃がある。それから、勇者を守る】


 俺とフラウを地面からぶち上げた魔王の攻撃。

 あのことを考えると、勇者だけをそのままにしておくと、彼女が打ち上げられてしまうかもしれない。


 ……今とっさに考えた言い訳だけど、めっちゃよくない?

 俺、天才かも。


「ちょっと待て! だったらそれは私が……!」

「来るよ」


 余計なことを口走りそうになっていたフラウだったが、メビウスの言葉に魔王を見る。

 巨大で長い腕を振り回そうとしている瞬間だった。


 俺に文句を言っている暇はないですねぇ……。


「くそぉぉっ!!」


 まさしく、フラウが抱いている感情は憤怒だろう。

 あいつのぶち切れた顔……ぷっ。


「まさか、あなたに守られることになるとは……」


 俺の隣で、勇者が呟く。

 決して背後に回らせないのは、こいつのことをまったく信用していないからである。


 どうにも、俺はこいつに敵意を向けられているっぽいからなあ……。

 俺がいったい何をしたというのだ。


 彼女の持つ剣には、徐々に力が溜まっていっているのが分かる。


【必要ないのであれば、私も行くぞ。頼りになる仲間もいるみたいだしな】


 俺はチラリと隅っこに追いやられている勇者の仲間たちを見る。

 男と女……。二人いるが、まったくもって役に立っていない。


 なにしてんの、君たち?

 俺の代わりに命かけるべきじゃん?


「……いえ、彼らでは。命をかけるのは、あなたで結構です」


 勇者は少し顔を伏せる。

 そうするのは、彼らと自分の力に乖離があるということを、否応にも見せつけられたからだろう。


 あの二人も、勇者パーティー。

 人間の中では強いのだろうが……魔王との戦いについていけるレベルではないのだ。


 ……ということを考えると、ただの人間であるはずのフラウがまともに戦えているという事実になおさら首を傾げざるを得ないのだが。

 しかし、命をかける、か。


「くっ……!?」


 地面が揺れ、そこからも腕が伸びてくる。

 中身の俺はまったく気づかず、ビビりまくっていたが、鎧さんはそうではない。


 しっかりと反応し、迫りくる黒い腕を見事斬り払った。


【命だと? この程度では、かけるに値しない】


 俺、めっちゃ格好よくない?

 キラキラ輝いているわ……。


 どや顔をして勇者の方を見れば……。


「そうですか。では、いずれあなたを滅する力を、その目に焼き付けてください」


 彼女の持つ剣は、一層光を強くしていた。

 これは、もはや星だ。


 空に輝く星が、彼女の剣に宿っているかのよう。

 あまりにも強い清浄な光は、魔族の俺を苦しめ……ぐぎゃあああああああああああ!!


「……あれは、受けたらマズイかも」

「はぁ、はぁ! 遅い!!」


 メビウスも魔王からとっさに飛びのき、大量に汗をかきげっそりとしつつも大したダメージを負っている様子のないフラウも文句を言いながら逃げる。

 あいつ、マジで何者なんだ……。


 っていうか、勇者! さっさと撃て!

 近くにいる俺が消滅するぅ!


 それほどの強い力が、聖剣に溜まっていた。

 メビウスとフラウに足止めされた魔王は、ようやく勇者に手を伸ばすが間に合わない。


 勇者はゆっくりと聖剣を掲げ……。


「焼き尽くせ、『レーヴァテイン』!」


 振り下ろされ、撃ち放たれたのは黄金に輝く炎。

 キラキラと輝くそれは、凄まじい勢いで魔王へと突き進む。


 勇者に伸びていた腕は真っ先に消滅し、巨大な黒い影となった魔王に直撃する。

 すべての魔を払う聖剣の炎は、魔の象徴ともいえる魔王を飲み込んだ。


 ひぇ……。

 そんな感想しか出てこない。


 あんなのとまともにやったら、ガチで死ぬ!

 負けて退職とか言っている場合じゃない!


 やっぱ、勇者ってやばいわ。ルーナに謀殺してもらおう。

 そんなことを考えていた時だった。


「嘘……」


 勇者の、呆然とした声が聞こえてきた。

 嫌な予感がマシマシで、俺も彼女の視線を追えば……。


 そこには、魔王がいまだに健在だった。


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本日、過去作『偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた』のコミカライズ第7巻が発売されました。

ぜひご確認ください!


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