第35話 うわぁ、めっちゃ行きたくない
「父があのようになってしまった正確な理由は分かりません。ですが、その光り輝く聖剣を見る限り、あなたに呼応したと考えるのが妥当でしょう」
ルーナの目は、テレシアの持つ聖剣に向けられる。
魔王城を崩壊させ、エドワールが近づいてくる。
それに伴い、発する光はどんどんと強くなっていった。
「私が……」
「なんだ、俺たちが悪いってのか!? こっちはてめえらを助けに来てやったってのに……!」
冷たい無機質な口調で淡々と話すため、まるでルーナが自分たちを責めているように感じた勇者パーティーのルーカスが声を張り上げる。
「そんなことは微塵も考えていませんわ」
「……っ」
しかし、ルーナは冷たく切り捨て、首を横に振って否定する。
彼女に、勇者パーティーを非難するつもりなんて微塵もなかった。
「そもそも、魔王が勇者に呼応して暴走するだなんて、考えたこともありませんでしたもの。あなたに落ち度はなく、非難することもありませんわ」
確かに、テレシアがここにやってきたことによって、エドワールは正気を失い暴走したかもしれない。
しかし、彼女にそのようなつもりは毛頭なく、またこのような事態になるなんてルーナでさえも想像できなかったのだ。
ならば、責められる理由はない。
【あれはどうする? 無駄話をしている暇はない(責任取って勇者にどうにかしてもらえばよくね? あと、人間という同じ種族で連帯責任のためフラウも)】
「きゃああああ!?」
「た、助け……っ!」
暗黒騎士の言う通りだ。
巨大な影となったエドワールが動けば、それだけで甚大な被害が生まれる。
魔族たちが悲鳴を上げ、逃げ惑う。
今は、傷の舐め合いなんてしている暇は一切なかった。
だが、あれはルーナの父である。
敵対していた兄ならいざ知らず、血を分けた親に、刃を向けることができるのだろうか?
一般的な感性を持つテレシアたちは、そう危惧するが……。
「無論、滅ぼします。父をそのままにしておけば、魔族にとっての害になる。彼女たちだけを狙うのであれば、まだしも……ですわね」
悩むことすらなかった。
ルーナは、魔族のために父を殺す覚悟ができていた。
だが……それは、冷たい機械のような彼女の魂を傷つけない判断ではなかった。
彼女の拳を見れば、強く握りすぎて爪が食い込み、血が出ている。
それを見たテレシアは、声を詰まらせる。
「ですが、自分の父を……」
「魔族全体とわたくしの父。どちらをとるかなんて、考えるまでもありませんわ。そもそも、父には魔王の座を降りてもらうつもりだったのですから、なおさらです」
ルーナはそう言って、テレシアを見る。
「負い目を感じてくださるのであれば、父を倒すお手伝いをお願いしますわ。うじうじと悩んでいる合間にも、魔族に害が及ぶ。お願いしますわ」
魔族の大敵であるはずの勇者に、共同戦闘を要請する。
ルーナの心中にはどのような感情が渦巻いているのだろうか?
しかし、彼女はそれよりもこの事態の収束を考えたのである。
「……分かりました」
テレシアは頷く。
元より、罪のない魔族たちが命を落としていく惨状を見捨てるわけにはいかない。
それに、魔王をあのような状態のまま見過ごせば、いずれ必ず人類にとっての厄災になる。
「(しかし……)」
チラリとテレシアは暗黒騎士を見る。
自身に土をつけた魔族。
あの敗戦から、彼女はずっと暗黒騎士のことを想い、鍛錬を重ねてきた。
それゆえに、見逃す形になってしまうことに引っかかりを覚えるが……。
「まあ、いいでしょう。これが終われば、次は……」
ゾクリと暗黒騎士のヘタレの中身が背筋を凍り付かせているころ、ルーナはさらに指示を伝えていく。
「メビウスもお願いできますか?」
「いいよ。面倒くさいけど、確かめないといけないから」
メビウスの目は、迫ってくる巨大な魔王へと向けられていた。
もしかしたら……。
「もしかしたら、私を終わらせる人かもしれないし」
誰にも聞かれることのないつぶやきを残し、メビウスは魔王へと向かって行った。
【(よし、俺はいらないな。置き土産のフラウを残し、颯爽と後にしよう)】
ただそこに立ち尽くす魔王。
彼は動き出そうとして……。
「暗黒騎士様も、お願いしますわ」
【(いやあああああああ! どうして俺もおお!?)】
ルーナに声をかけられる。
すでに動き出そうとしていたことから、余計な呼びかけかもしれない。
しかし、彼女は声をかけずにはいられなかった。
「お願い、しますわ。父を、休ませてあげてくださいまし。わたくしは、何でもしますから」
【(勇者のせいで暴走したんだったら、勇者が最後まで責任を取るべきでは? 俺、関係ないじゃん)】
すでに脳内では勇者とフラウに戦わせて自分は安全圏に避難する算段を立てていた暗黒騎士は、見えない兜の中で露骨に嫌そうに顔を歪める。
しかし、ふと気づく。
冷酷な魔族繁栄マシーンだとばかり思っていたルーナも、小さく身体を震わせ、血が出るほど強く手を握りしめている。
そして、何でもするという言葉。
……もう、これは確実ではないだろうか?
【……いいだろう。私とフラウに任せておけ(退職させろよ、絶対に)】
「!?」
この戦いで、絶対に退職する。
強い決意と共に、フラウを道連れに暴走した魔王へと立ち向かう。
【魔王殺し、遂行する】
◆
「なあ。何が魔王殺しを遂行する、だ? ちょっと格好つけたかったのか? あれだぞ、黒歴史だぞ。お前、何歳だ? 私より年下か?」
やめろぉ!
魔王の元へと向かいながら、ニヤニヤとこちらを見てくるフラウに声を張り上げる。
彼女の金銀のオッドアイは、ネズミをいたぶる猫のように嗜虐的な色に染まっていた。
【仕方ねえだろ! なんかそういう感じで鎧が喋っちゃったんだから!】
「なんでもその鎧のせいにしているが、似たニュアンスの言葉を選んだのはお前だろう? ん? じゃあ、お前はなんて言ったんだ? 魔王殺しみたいな格好いい(笑)こと、言ったのか?」
だからやめろって!!
ここぞとばかりに弄ってくるフラウ。
くそ……! 魔王と戦うんだから、多少昂って調子に乗っても仕方ないだろうが。
魔族最強にして、トップなんだぞ?
フラウにしてみれば、ヒモになれる男が目の前で弱っているようなものだ。
「獲物が弱っているとか絶好のチャンスじゃないか。それは仕方ないな」
うんうんとフラウは頷く。
なんて女だ……。
「はぁ……それにしても、どうするんだ。あんな化物、私がいたところでどうにもならんぞ」
【お前、意外と強いだろ。いけるいける】
「魔王とまともにやれるか、バカ野郎」
少し離れた場所を見れば、すでにメビウスとテレシア率いる勇者パーティー、そして魔王との戦いが発生している。
……聖剣が光ったり、とてつもない爆裂音が聞こえてきたり……。
うわぁ。めっちゃ行きたくない。
このまま逃げたら……いや、四天王を辞めないといけないしなぁ……。
それに、この魔都が全部潰されたら、鎧を解除する手段を探させているユリアも死んでしまうし。
ため息をついた瞬間だった。
俺たちが踏み出した足が着地した地面……。
そこが爆発し、俺たちは空へと打ち上げられたのであった。
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表紙も公開されていますので、ぜひご確認ください。
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