第34話 押し付け合い
倒壊していく魔王城を、ただただ呆然と見上げるしかなかった。
魔族の王が居城としていたため、華美ともいえるほどの巨大で荘厳な造りだった魔王城。
いずれ来たる勇者との決戦のため、頑強に造られていた。
だというのに、それがあっけなく崩れ落ちていく。
城を形作っていた巨大ながれきが、いくつも街に落ちてくる。
「ぎゃああああああ!?」
「ひいいっ!? 潰され……!」
響き渡る悲鳴と地鳴り。
まるで、地震のように地面が揺れる。
ただでさえ、人間たちの破壊工作でボロボロになっていた街が、今度こそ壊滅していく。
そして、その魔王城を喰らうように現れたのは、巨大な黒い影だった。
……え? なにあれは?
俺は呆然としながら、何の迷いもなく逃げ出そうとしていたフラウを掴む。逃がさんぞ。
「ぐおおお……! 離せえええ! ここにいたら絶対に命の危険が危ないんだあ!」
言葉おかしくなっているぞ。
危険が危ないってなんだ。
それはそうと、そんな状況を瞬時に察知する危機管理能力は小動物並みに優秀だが、そこに俺を置いてたった一人で逃げようとすることは許さん。
俺が一人で逃げるのは許される。転進だからだ。
「あれは……」
「聖剣が……呼応するように光っている?」
普段無表情のメビウスでさえも目を丸くし、崩落する魔王城を見る。
一方で、勇者は突如として光り始めた剣を見る。
魔を滅ぼす聖剣が光り輝きを増す。
ぐおおおおおおおおお!? 溶ける溶けるうううううう!?
もだえ苦しむ俺だが、聖剣がそのような反応を見せるのは、強大な力を持つ魔族と相対した時だ。
凶悪な魔族を滅ぼせと、聖剣が叫んでいるのである。
そして、魔族の中で最も凶悪な魔を司るのが……。
「お父様……?」
魔族最強の存在にして、人間たちからの悪の象徴――――魔王。
そして、ルーナの父でもある魔王エドワールの、成れの果てだった。
◆
魔王エドワールは、たたき上げの魔王である。
彼の両親は魔王ではなく、また魔王軍に属していたわけでもない普通の魔族であった。
そんな彼は、暴力と征服を好む魔族らしく、頂点を目指した。
そして、エドワールは第70代の魔王となった。
有史以来……いや、記録が消失したり、つけていなかった時代よりも、魔族と人間は争ってきていた。
そんな悠久ともいえる長い時を、たったの70人の魔王で乗り切ってきたことが驚愕すべきことである。
とはいえ、ずっと苛烈な戦争を繰り広げていたわけではない。
魔族と人類の戦争には、波がある。
小競り合い程度の戦しかない時代だけを生きた魔王もいた。
そして、エドワールが魔王となった時代は、波が大きく蠢く時代。
人類との戦争が、最も激しくなった時代の一つだった。
戦争は一進一退を極める大混戦となったわけだが、どちらかと言えば魔族が押されていただろう。
当時の四天王も、全員命を落とした。
暗黒騎士、メビウス、オットー、トニオが新しく四天王となったのは、この戦争の後である。
そして、魔族の最高戦力を踏みしめてエドワールの前に立ったのが、人類の希望の象徴である『勇者』であった。
もちろん、ここでいう勇者は、当代のテレシアではない。
魔族よりも短命である勇者は、魔王以上に代替わりが繰り返されている。
人類の優勢を作り出したのは、当時の勇者がたった一人で成し遂げたと言っていいだろう。
それほどまでに、彼は強かった。
彼はその勢いのまま魔族領に攻め入り、エドワールの元へと突撃した。
そして、激突。
魔王と勇者。まさに、この世界の行く末を……世界の支配者を決めるための戦いだった。
その戦いはすさまじく、一対一で行われていたにもかかわらず、周囲数キロメートルは不毛の大地へと変えた。
いまだにそこには一つの植物も生えず、動物や魔物も近づくことはない。
そんな後世にも影響を残す熾烈な殺し合いの末、勝ったのは魔王エドワールだった。
勇者を打倒したことによって、押されていた戦争を一気に巻き返すことに成功し、五分五分までもっていったのである。
しかし、たった一人で魔族との戦争を有利に押し上げていた勇者との戦いは、勝利したはずのエドワールにも多大な後遺症を残していた。
勇者から受けた、いくつもの致命傷。
そして、彼を倒すために使いすぎた力。
これらによって、エドワールはもはや魔王と呼ぶことができなくなるほど弱体化していた。
それに加えて、実の息子であるデニスによる毒が、彼をむしばむ。
結果として、耄碌した魔王が誕生したのである。
本来であれば、そのまま衰弱していき、命を落としていただろう。
だが、そうはならなかった。
魔王城のある魔都に現れた、魔族の宿敵にして魔王最大の障壁……勇者。
それが近くに存在することによって……歴代魔王の怨念が、エドワールを突き動かした。
エドワールは勇者に勝利したが、長い歴史の中には、勇者に敗北して命を落とした魔王も大勢存在する。
そして、魔王となった者は、当然ながら力が強い。
その力が怨念となり、代々の魔王へとつながれていき……今、エドワールの身体を借りて世界に降り立ったのである。
「オオオオオオオオオオ!! ユウシャアアアアアアアアアアアアアア!!」
魔王の咆哮が、魔都全体に響き渡るのであった。
【(よし、勇者とフラウを突っ込ませればすべて解決だな。人間としての責務を果たせよ)】
「(四天王は魔王の部下。上司の暴走を止めるのが部下。つまり、暗黒騎士が突っ込めば解決だな。行け、暗黒騎士)」
なお、暗黒騎士とフラウは、平常通り押し付けあっていた。
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