第32話 なにこの怖い能力

「暗黒騎士、様……」


 ルーナが声を漏らすのは、安堵よりも驚きである。

 暗黒騎士は、デニスの命令によって国境付近という遠い場所に向かっていたのだから。


 これも、兄の策略だったのだと今更ながらに思うが、どうやってここまで戻ってきたのだろうか?

 仮に、天爛派の魔族が追いかけたとしても、この短時間で舞い戻ることは不可能のはずだ。


「(暗黒騎士様には、まだ秘密があるんですわね)」


 しかし、それは今どうでもいいことだ。

 彼が来てくれたことによって、自分が死ぬことはなくなった。


 魔族の未来が潰えることもなくなったのだ。

 それだけで、ルーナは十分だった。


 強力な帝国の軍人が敵だというのに、すでに彼女は安心していたし、自分の生存を信じて疑わなかった。

 暗黒騎士の力は、それほど絶大なのである。


「おやおやおや。あなたがあの有名な暗黒騎士ですか。魔王軍最高戦力の四天王。その中でも、最強と謳われる男。まあ、魔都で暴れているのですから、お会いするのも当然ですよね」

【(なになれなれしく話かけてきてんの? 何様だよ)】


 アルマンドはそう言って暗黒騎士に笑いかける。

 それに対して、暗黒騎士が答えることはない。


 随分と物静かな人だ、とアルマンドは思う。

 だからこそ、挑発して隙を作ることも、情報を引き出すこともできない。


「ですが、こちらにもフィリドーラさんという素晴らしい力を持つ女性がいるのですよ。さあ、やっておしまいなさい!」


 他力本願も甚だしいが、アルマンドの戦いはまた別の次元である。

 それゆえに、何の羞恥も感じずに護衛の女に頼り……。


「いや、無理だぞ。俺が戦っても、一瞬で負ける。そんな感じがする」

「えっ……マジですか? めちゃくちゃ大口叩いちゃったのですが……」


 拒絶されて唸っていた。

 フィリドーラは強い。


 アルマンドの護衛をするに十分すぎるほどの力を兼ね備えている。

 だからこそ、理解してしまった。


 暗黒騎士の強さが、自分よりも高みにあることを。


【素晴らしい力か。ぜひ見てみたいものだな(ほーん、俺の方が強いわけね? やれやれ、また勝ってしまうのか)】


 暗黒騎士はそう言って、好戦的な言動を見せる。

 どうやら、戦闘を忌避するような性格でもないようだ。


 まあ、魔王軍四天王の一人なのだから、当然かもしれないが。


「……言うじゃねえか。強者の余裕ってか? むかつくぜ」


 戦士としてのプライドなんて持ち合わせていないアルマンドは何とも思わなかったが、フィリドーラは違う。

 彼女は強者だ。


 だからこそ、プライドもある。

 それゆえに、あからさまに上から目線の暗黒騎士の言葉は、腹に据えかねるものがあったのだろう。


「そんなに見たいんだったら、見せてやるよ。そろそろ、四天王を殺して名声を上げたいと思っていたところなんだ。ちょうどいいぜ」

「あなたってそんなに承認欲求ってありましたっけ?」


 アルマンドの声は無視して、フィリドーラは魔力を高める。

 彼女は、身体能力が特別優れているというわけではない。


 個人差はあるが、やはり屈強な大男には体格的にも敵わないだろう。

 だからこそ、フィリドーラのような力なき者は、魔法を極める。


 先ほど、ルーナの風を打ち消したのも、それである。


「俺の炎は、少し熱いぜ? 『|紅大砲(くれないたいほう)』!!」


 フィリドーラの身体から炎が溢れ出すと、それは徐々に形を作っていき、それは巨大な大砲となる。

 そして、爆風と共にはじき出された炎の弾丸。


 かなりの速度と大きな弾丸が合わされば、障害物すべてを吹き飛ばすことのできる、破壊の一撃へと姿を変える。

 しかも、ここは魔王城の廊下。


 左右上下に逃げるすべはなく、まさに弾丸を撃つにはおあつらえ向きの環境である。

 そして、避けることもできない。


 暗黒騎士の後ろには、動けないルーナがいるのだから。

 仮に、彼女を見捨てて避けたとしても、着弾と同時に爆発し、二次被害をもたらすことだろう。


 フィリドーラの攻撃手段は、まさに最適。

 後ろで見ているだけのアルマンドも、文句のつけようがないと思っていた。


 確かに、最適で素晴らしい攻撃だっただろう。

 それこそ、例外を除けばすべての敵を屠ることができるほどに。


【城内で炎はいただけないな(あっつ! 蒸しあっつ! 俺、全身鎧だぞ!? もっと人のこと考えろよ!!)】


 だが、残念なことに、ここにいるのはその例外である。

 炎の弾丸。それが迫る中、暗黒騎士は微塵も身動きをとらなかった。


 逃げることも、避けることも、構えることもしていない。

 ただ、そこに立って……腕を伸ばした。


 掌を掲げ、弾丸を止めるように。

 そんなことは不可能だ。


『紅大砲』は、フィリドーラの扱える魔法の中でも、特別破壊力を秘めたもの。

 大砲の弾丸に炎を付与し、さらに破壊力を増した強力な魔法である。


 それを前にして、暗黒騎士の身体から吹き荒れる瘴気が、掌に集まった。

 燃え盛る赤い炎と噴き出る黒い瘴気が衝突し……炎は、瘴気に貪り食われたのであった。


「バカな……!? 俺の炎を……!」


 フィリドーラは愕然とする。

 逃げられることは想定していた。


 だが、このような悍ましい方法で無力化されるなんて思ってもいなかった彼女は、激しく狼狽する。


【貴様は炎が好きなのか? では、くれてやる。『|黒焔鳥(こくえんちょう)』】

「ぎゃあああああああああああ!?」


 炎を貪った瘴気が形を変え、何話もの小さな黒い鳥へと変貌する。

 廊下を満たすほどの数だ。


 それらが、一気に飛翔してフィリドーラを襲う。

 身体を打ち抜かれ、悲鳴を上げてのたうち回る。


 だが、一羽だけではないのだ。

 それが、何十、何百とフィリドーラに襲い掛かる。


 ただ打ち抜かれるだけでも、激痛が走る。

 あざができ、内出血を起こす。


 しかし、それだけではない。


【引火しないように気をつけろ。それは、私にも消せん(なにこの怖い能力。これ、俺がやってるの? 自分で自分が恐ろしいわー。つらいわー)】


 その言葉に、フィリドーラは血を流しながら硬直する。

 そして、ちょうどその時……彼女の着ていた衣服に黒い鳥が止まった。


「ひっ、ひいいいいいいいいいい!?」


 絶叫して暴れまわる。

 あれだけ強気だったフィリドーラの姿は、どこにもない。


 恥も外聞もなく泣き叫び、転げまわって……。


「やれやれ」


 黒い鳥がかき消される。

 苦笑いするのは、アルマンドだった。


『黒焔鳥』が消えたと認識したフィリドーラは、限界を迎えて意識を飛ばす。

 尊厳も何もなくなってしまうような凄惨な状態だったが、アルマンドは気にすることなく彼女を抱き上げる。


「あまり虐めないでいただきたい。彼女は、私の大切な護衛なのですから」


 護衛が助けられるとは何事だ、と思いつつも、この相手ならば仕方ないかもしれない。


「しかし、どうやらここまでのようですね。私では、到底あなたには敵いませんし。いやはや、さすがは魔王軍最強の男。行き当たりばったりでは、どうしようもありませんねぇ」


 薄気味悪く笑うアルマンド。

 そう言いつつも、自分がこの窮地から抜け出せると信じて疑っていない。


【逃げるか? (ふっ……ケツを振って逃げるがいい)】

「追いますか? ならば、諦めますが」


 逃がすつもりのない暗黒騎士から逃げられるとは思っていない。

 自分だけならまだしも、フィリドーラを連れていればなおさらだ。


 だが、それもまたいい終わり方だろう。

 それもまた、面白い。


【構わん。去る者を追うことはしない(しんどいし……)】

「そうですか。では、退散させていただきます。あなたとは、またお会いしたいものですねぇ。今度は、しっかりと楽しめるように」


 暗黒騎士の許可を得たアルマンド。

 彼の姿が、ぼんやりと揺らぐ。


 まるで、身体が煙になっていくような、そんな感じである。

 しかし、これを見過ごすわけにはいかないのが、デニスだ。


「お、おい、待て! 何をふざけたことを……!!」

「申し訳ありませんが、私たちの任務はここまでです。ここから先は、あなたの実力次第ですよ。まあ、未来は決まっていますが」


 アルマンドがいなくなれば、この場に自分しかいなくなる。

 それはまずいと声をかけるが、アルマンドはバッサリと切り捨てて聞く耳を持たない。


「それでは、さようなら」

「ま、待てええええええええ!!」


 デニスの絶叫もむなしく、ついにアルマンドの姿は消失した。

 残されたデニスのもとに、ガチャッ、ガチャッと重たい金属音が近づいていく。


「がっ!?」


 次の瞬間には、デニスの首に冷たい手が食い込み、身体は持ち上げられて壁に叩きつけられていた。

 悲鳴を上げそうになるが、首を抑えられているために声が出ない。


 肥満体型であるデニスは、かなり体重も重たいはずである。

 さらに、ジタバタと手足を暴れさせているため非常に扱いづらいはずなのだが、暗黒騎士は片手で彼を持ち上げ、びくともしなかった。


「ぎ、ざま……! わ、だじは、魔王の息子で……!」

【知らん。私にとって、血は重要ではない。何を成し、何を見せてくれるのかだ(俺を退職させて自由な世界を見せてほしい……)】


 口の端からよだれを垂らし、血走った目で睨みつけるデニスであったが、逆に兜の隙間から覗く赤い光に囚われる。


【貴様は、私の期待に応えられない。ゆえに、必要ない】


 ゆっくりと手に力が入る。

 すなわち、デニスの首に食い込んでいくということで……。


「や、め――――――」


 デニスはようやく意図を察し、顔を青ざめさせる。

 柔らかい首に、さらに冷たい手が食い込んでいき……。











 ――――――ゴキッ!



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