第29話 天才かな?
「止めておく? いったい、何を言っているんですか?」
勇者が怪訝そうに俺を睨みつけてくる。
だって……お前と戦ったら殺されかねないし……。
勇者自身の力も強いが、あの剣もやばい。
おそらく、魔の種族に対して特別効果のあるものだろう。
遺伝子レベルで恐怖を感じる。
敗北するのは構わないのだが、消滅させられるのは困る。
「うむ、英断だな。勇者と戦うとか言い出していたら、背後からお前を刺して勇者に命乞いをしていた」
とんでもないことを頷きながら言うフラウ。
テメェ、ふざけんなよ! 俺がお前を盾にするんだから、先に斬られて死ぬのはお前だ!
聖剣の類であるならば、魔族の俺には大きなダメージが入るだろうが、人間のフラウにはよく斬れる程度の効果しかないだろう。
うん、やっぱり盾にしよう。
暗黒騎士だしね。盾も必要だからね。
「(まあ、勇者はかなり優しい性格らしいし、こっちから戦わないって言ったら大丈夫だろう。魔族とも、できる限り戦いたくないって話だ)」
アイコンタクトしてくるフラウ。
マジ?
やっぱり、勇者って素晴らしいわ。魔王殺してもいいぞ。
俺の中では、耄碌した魔王よりも勇者である。
「……私は、あなたに負けてからずっとあなたを超えることも目的に努力し続けました。なのに、そんな急に……」
「て、テレシア……?」
うつむき、ブツブツと勇者は何かを呟き続けている。
明るく、前だけを見ていた彼女が下を向いているというだけでも少し驚くのに……。
おや? 何やら雲行きが怪しくない?
フラウあげるから許して!
「ふっ……私は暗黒騎士様を主とする従者。暗黒騎士様さえ倒されれば、どうすることもできないだろうなぁ!」
おい! しらじらしいぞ貴様!
俺に全部押し付ける気だな!?
「あ、暗黒騎士様! ご報告です!」
そんな中、現れたのは魔族だった。
もう、こいつを盾にすればいいかな?
しかし、彼はどうしてここまでやってきたのだろうか?
疑問に思っていると、切らしていた息を整えながら、魔族は言った。
「ま、魔都に、人間が……帝国の連中が現れ、虐殺と破壊を行っております! 至急、お戻りください!」
【なに?】
俺は首を傾げる。
どういうことですのん?
人間が魔都に? それだけでもおかしいのに、魔族が一方的にやられている?
凄い。全然分からないし、分からないうえでも魔都に戻りたくないんだけど。
そんな想像もできないことをやってのける連中と戦えと? 嫌だわ。
一瞬でその決断に至った俺は、ではどうやって断ってやろうかと悩んでいると……。
「(む? だが、もしかしたらいい感じで負けられるんじゃないか?)」
そんなフラウのアイコンタクトに、電撃が走る。
天才かな?
確かに、暴動を起こしているのであれば、暗殺タイプではないだろう。
それに、この勇者よりは弱いに違いない。
……ちょうどいいやんけ……。
兜の中でふっと笑みを浮かべる。
フラウ、感謝しよう。
いつも俺を苦境に立たせてキャッキャしているだけの肉盾ではなかったんだな……。
「(私の評価がすっごいひどい)」
【貴様らも聞いたな。私は魔都に戻る】
「戻らせるとでも?」
勇者がキッと睨みつけてくる。怖い。
【罪のない魔族の虐殺を見逃すというのか?】
「…………」
フラウが言っていた勇者の性格を思い出し、そう声をかければ、思案するように黙り込む。
はー……これで悩むって、本当に優しいんだな。
逆の立場だったら、俺は魔族なんてどうでもいいと思うだろう。
「(今でもそう思っていないか?)」
思ってる。
「ま、魔族がどうなろうが、知ったことじゃないわ!」
「でもよ、あの帝国の好き勝手やらせるわけにもいかねえだろ……」
勇者パーティーの中でも、意見が分かれているようだった。
魔族がどうなってもいいというのは理解できるのだが、同じ人間でも、国によって違うんだな。
まあ、魔族の中でも種族が分かれていて、関係性にいろいろとあるから、そこは人間も魔族も一緒なのだろう。
さて、パーティーのリーダーである勇者の決断は……。
「……分かりました。ですが、私たちもついていきます。それが、条件です」
どうして不発弾を抱えながら戦場に戻らないといけないんですか?
全然分かりません。
斬っただけで魔を消滅させられるような武器を持つ歴戦の猛者。
しかも、なんか俺に向けてくる目が怖く、いつ後ろから斬られるか分からないという恐怖。
ストレスで禿げるわ。
「テレシア!? 本気なの!? 魔族の巣窟に、あたしたちだけでなんて……」
「最強の四天王が戻るんだったら、帝国の奴らも好き勝手できねえだろ。俺たちがついていく意味なんて……」
勇者の仲間たちも否定する。
そうだそうだ。こっち来るな。
「魔族とはいえ、罪のない人々を助けられるのであれば、助けるべきです。それに……」
勇者はジロリと見据えてくる。
「この人を、野放しにするわけにはいきませんから」
ゾクリと背筋が凍り付く。
どうして……どうして俺が目の敵にされているの……?
フラウをずっと見ていていいから許して……。
「こいつは神出鬼没だから、目を離さない方がいいぞ」
ニコニコと笑いながら、フラウは勇者に話しかけていた。
何言ってんだテメエ!
◆
「アルマンド様。作戦通りに進んでおり、異常はありません」
「そうですか。それは結構」
裏路地から魔都の様子を窺っていたアルマンドのもとに、部下の一人がやってきて報告を行う。
作戦通り、ひどい混乱が起きている。
いきなり敵対していた人間が魔族たちの中心に現れ暴れたのだから、混乱するのも当然だろう。
魔都だけではなく、首都というのは政治や経済といったありとあらゆるものの中心地である。
大きく損害を受ければ、統治者に深刻なダメージを与えることができる。
帝国にとってのメリットは、そこだ。
デニスはこの混乱をルーナの仕業だとして、彼女を葬ることで魔王となるつもりのようだ。
彼が魔王となれば、人間と手を組んだということを材料として帝国にとって有利な取引や交渉を行うことができるので、まさに一石二鳥なのである。
「しかし、どうやら帝国が関与していることはばれてしまったようです。私たちではなく……」
「あー……『武断派』の方たちですね。彼らの介入を断ることはできませんでしたからねぇ……」
アルマンドは苦笑いする。
本来であれば、帝国が関与したと魔族たちに知られる予定ではなかった。
知られるべきことは、【人間が魔都で暴れた】ということであり、帝国は必要ではない。
むしろ、それは帝国にとって悪い情報を与えることになる。
だからこそ、アルマンドの部下たちは帝国の軍服を脱ぎ捨て、実行に移したのだが……彼らとは違う帝国の軍人は、軍服を着用して事を起こした。
帝国の……それも、『武断派』は帝国軍人であることを示す軍服にも誇りを持つ。
それを脱ぎ捨て、コソコソと行動することが許せなかったのだ。
「それはともかく、私たちの作戦通りに動かないことは問題です。そのせいで、帝国が関与したとばれてしまった以上、万が一デニスが魔王にならなければ、後々脅されるのはわが帝国ということに……」
部下が珍しく長く言葉を発する。
普段はアルマンドの命令に、ただ従う優秀な軍人だというのに。
それほど、作戦を邪魔されたことに怒りを抱いているのだ。
「まったくその通りですねぇ。とはいえ、帝国最大勢力の干渉を拒絶できるはずもないですし。それに、私たちは勢力や派閥などといったものとは距離を置いている、ただの部隊の一つでしかありません。なおさら、拒絶なんてできないでしょう」
「……っ」
アルマンドはそう言って宥める。
魔族たちも『主流派』と『天爛派』に分かれて魔王継承争いを繰り広げていたが、それは人間たち……帝国でも似たようなものはある。
帝国最大勢力である『武断派』。多くの軍人たちが属しているがゆえに、その力は強大。
対立する勢力に属しているわけでもないアルマンドたちに、彼らの要求を拒めるはずもなかった。
今回も、『武断派』が功績を上げようと無理やり自分たちの勢力を押し込んできたのである。
本来であれば、アルマンドたちだけで行われていたことだ。
そんな彼らは、敵対する魔族を虐殺できると、嬉々として殺戮と破壊を行っている。
「まあ、いいじゃないですか。私たちは、ただ命令に従って動くだけ。むしろ、軍人が勝手に自分で考えて行動する方が問題です。しかし、まあ……」
アルマンドは空を見上げる。
虐殺が起きている街の状況ではなく、そのさらに上を。
彼は、怒りを抱いていない。
『武断派』が好き勝手して帝国の関与がばれたとしても、部下のように怒らない。
だが、意趣返しくらいはさせてもらおう。
「面倒な相手は、楽しんでいらっしゃる『武断派』の皆様にお任せしましょうか」
そう言ってアルマンドが目を向ける先には、興味なさそうにこの騒乱を見下ろす女の姿があった。
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