第28話 よせ(震え声)
「あ、暗黒騎士……!? こんなところに、どうして……。まだ、こいつが出てくるような場所じゃないはずよ!?」
俺を見て、パーティーで魔導士の役割を担う女が声を荒げる。
俺が出てくる場所ってどこ?
っていうか、どうしてここに勇者パーティーが……。
一番俺が会いたくなかった連中じゃないか……。
魔族絶対殺すウーマンがめっちゃ見てくる。見るな。
「いえ。四天王は神出鬼没。暗黒騎士が、ここに現れたとしても不思議ではありません。それに、ここは魔族領なのですから」
そう言って、俺の一挙手一投足を見逃すまいと、瞬きすらせずじっと見つめてくる勇者テレシア。
怖い! 目のハイライトがなくなっているぞ!
ユリアも死んだ目をしているが、少なくとも勇者がしてもいい目じゃないだろ!
剣も抜いてやる気満々だし……。
というか、その剣、何か神聖な力が強くなっていない?
魔族だからか、近づくだけでもすっげえチリチリするんだけど。
少しでも切られたら即死とかやめろよ、マジで。
「くそっ! やるしかねえってか! まだ、こんな化物と戦う場面じゃないはずなんだがなあ!」
パーティーのタンク役の男が、冷や汗を流しながら構える。
……すっごい。一瞬で戦う雰囲気になっている。
相手は三人。全員が俺の動きを少しも見逃さないと、睨みつけてくる。
それに対して、俺はゆっくりと腕を上げて……。
【よせ、止めておこう】
命乞いをするのであった。
◆
「いったい、何が起きていますの?」
「は、はっ。街で【人間が暴れている】ようです!」
普段のバカな様子からは考えられないほどの、ルーナの冷たい問いかけに、彼女に報告をする天爛派の魔族は肝を冷やす。
言葉を詰まらせながらも、今この街で起きていることを報告する。
耳を澄ませば、魔王城の一室であるこの部屋にも、かすかに騒乱の音が聞こえてくる。
悲鳴、怒声、叫び声、泣き声……そして、爆発音。
街の至る所から黒煙が立ち上っており、平時とまったく異なることを表していた。
「そうですの。また情報を逐次伝えてくださいまし」
「はい!」
報告に来た魔族を下がらせ、ルーナは思案にふける。
言葉にしないのは、護衛の名目でまだ数人自分の傍にいるからである。
まだ、バカ姫の仮面をかぶる必要がある。
「さて……」
報告にあった人間たち。
人間が魔族領の……それも、魔王城の城下町で暴れているということは、あまりにも異質だ。
まず、人間と魔族は対立しているのは誰もが知るところである。
その対立具合は、お互いの街に堂々と入って交流できるほどのつながりもないほどだ。
そのため、人間が魔族の街にいるということ自体が、そもそも異常事態なのである。
そんな人間たちが大勢現れ、街の中で暴れている。
それに加えて、それらが軍人だという。
「(……攻撃ですわね。間違いなく、戦争行為そのものですわ)」
ルーナは端的に断じた。
これは、侵略だ。人間による、魔族領への侵略。
人間よりも数が少ないがゆえに、個々の能力は人間よりも魔族の方が高い。
だというのに、混乱は広がる一方であることを考えると、人間はただの人間ではなく、鍛えられてこのような有事を引き起こすために育てられたエキスパートたち。
不意打ちも重なれば、魔族とはいえ軍人ではない人々はどうすることもできないだろう。
「(ですが、どうやってここまで侵入を? 彼らの力だけでは、たどり着けるはずもありません)」
いくら鍛えられていたとしても、この魔王城のある街は人間との国境からはかなり離れている。
誰にも気づかれずに、ここまで浸透してくるのは不可能である。
では、いったいどうやって……?
「……いえ。もう分かっていることですわね」
「姫?」
ポツリと呟かれたルーナの言葉を、護衛の男たちは拾うことができなかった。
「少し、出ましょうか。ついてきてくださいまし」
「はっ!」
護衛を引き連れ、ルーナは広い廊下を歩く。
柔らかな赤い絨毯が広げられ、幅は5人以上人が交差しても余裕があるほどだ。
そんな広い廊下の真ん中を陣取って立ちはだかっていたのが、ルーナの兄であるデニスだった。
「こんな緊急事態に、いったいどこに行くつもりだ? ルーナ」
「どこだと思います? お兄様」
ニッコリと笑うルーナに、デニスも笑いかける。
しかし、一方が純粋無垢な笑顔に対し、一方は冷たく空虚な笑顔だった。
「さあな。だが、お前は大切な妹だ。危険な場所には行かせられんよ。お前ら、ルーナを特別室にお連れしろ。地下にある、鉄格子の中のな」
『はっ』
デニスの命令に反応したのは、ルーナを守るべきはずの護衛の男たちだった。
剣を抜き、細いルーナの首筋に添えられる。
刃が少し食い込み、たったそれだけでも血が少量流れる。
彼らは、デニスの息がかかっていた裏切り者だった。
「まあ! あそこにあったのは、拷問部屋ではありませんの? もしかして、ルーナの知らない楽しい場所でもあったのでしょうか?」
「ああ、そうだ。だから、大人しくそいつらについていけ。殺されたくなかったらな」
それでも、のんきに笑うルーナ。
地下の拷問部屋に連れて行かれると言われているのに、まったく怖がる様子もない。
そのことに多少苛立たしく思いながらも、デニスは男たちに命令する。
しかし、それが果たされることはなかった。
「お断りしますわ」
男たちの首が飛んだ。
スパッ! と、抵抗を感じることもなくボールのように頭部が跳ねる。
ピューッと噴水のように首の断面から血が噴き出し、天井まで汚す。
ポタポタと天井から血が垂れ落ちる。
「なっ……!?」
ゴロゴロと転がった頭部が自身の足元にまで届き、コツンと当たったときにようやくデニスは意識を取り戻すことができた。
「やはり、仕組んでいましたわね。お兄様のことは、よく把握しているんですのよ。理解はできませんけれど」
普段のバカの仮面を脱ぎ、無表情の冷徹な目を兄に向ける。
あの護衛たちが、普段の彼らではないことは見抜いていた。
合わせて処分するために、わざと自身の手元に置いたのだ。
ゴロリと赤い絨毯の上を転がる生首。
何が起きたのかわからないと、呆然とした死に顔だ。
不可解なのは、まるで日に焼けた皮がはがれるように、頬のあたりが破けていることである。
そこから覗けるのは、もう一つの肌。
ルーナが近づいて細い指でその皮を剥げば、中から現れたのは、護衛をしていた魔族の顔とはまったく異なる【人間の】顔だった。
すなわち、彼は帝国軍の軍人だった。
本来、ルーナの護衛を務めるはずだった魔族を殺害し、その皮を剥ぎ、自身を覆い隠すように被ったのである。
もう一人の倒れている護衛も同じ帝国軍人だ。
「とんでもない外法を扱う人間を招き入れたものですわね。そんなにも魔王になりたいんですの?」
人を殺し、生皮を剥ぎ、それを被って成り済ますなんてことは、外法以外のなにものでもない。
禁忌の魔法を平然と行使する帝国の軍人の危険度を内心引き上げるルーナは、冷めた目でデニスを見据える。
いつも見下していたルーナの、逆に見下されるような目を見て、デニスはあっさりと切れた。
「当たり前だろうが! 私はそのために生まれ、生きてきたんだぞ! それを、今更……バカな貴様にくれてやるものか!」
魔王となるため、どれほどの時間と労力を費やしてきたと思っているのか。
実の父でさえ、傀儡とするために毒を盛った。
それもこれも、すべては自身が魔族の頂点に立つために。
それを、今まで見下してきた妹に目の前でかっさらわれるなど、許されるはずもなかった。
「わたくしの演技を見抜けず、今もなおバカと見下しているお兄様には、魔族の未来を任せるわけにはいきませんわ」
ルーナはバッサリと切り捨てる。
ただ魔王になりたい。
そんなこと、子供でも言える。
魔王となって、何がしたいのか。何を成すのか。それこそが、重要なのである。
それがないデニスに、魔族の王となる資格はない。
「わたくしは、魔族を繁栄させる義務がある。この世のどの種族よりも繁栄し、地に満ちさせる必要がある。それをお兄様がしてくださるのであれば、わたくしは大人しく引っ込むことができたのですが……」
ルーナの思う理想をデニスが成し遂げられるのであれば、魔王になんてならなかっただろう。
地位に魅力なんて感じない。
だが、デニスにそれができないのであれば、自身が歯車となって魔族の繁栄を成す。
「人間の力を借りてお兄様が魔王になることができたとして、その後にどれほどの要求をされるのか考えたことはおありですの? 子供でも分かりますわ」
「黙れ! そんなもの、踏みつぶしてやればいいだろうが!」
「そんなうまくいったら、わたくしも頭を使わずに済むのですが……」
ため息もつかず、ただただルーナはデニスを見据えた。
それが、何よりもデニスには堪えた。
帝国の軍人を使えば、それ自体がスキャンダルである。
わざわざ彼らを呼び込み、街で暴れさせて魔族を傷つけたということは、魔王となったデニスにとって人心の離れる懸念となる。
それを脅迫の材料とすれば、帝国の要求を断ることはできなくなるだろう。
こんな簡単なことすら理解できず、力で押しつぶそうとするデニスは幼稚以外のなにものでもない。
ルーナの身体からは、濃い魔力が溢れ出す。
視認できるほどの濃厚な魔力は、魔と共に生きる魔族だからこそ、強烈で強大だということを周囲に知らしめていた。
「とにかく、この混乱を早急に収束させる必要がありますわ。街を破壊されれば、経済力も低下しますもの。魔族を殺されれば、労働力の減少は避けられませんわ。一刻も早く、終わらせましょう」
「終わるのはお前だ、ルーナ! ここで、兄のために死ね!」
兄弟の、魔王をめぐる殺し合いが始まった。
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