第25話 快楽主義者
「クソ!!」
ドン! と机に拳を叩きつけるデニス。
顔は真っ赤に染まり、怒りで身体が震えている。
それもそのはず。彼の元には、子飼いの四天王であるオットーが暗黒騎士に敗北し、あまつさえ主流派から天爛派へと寝返ったという情報が入ってきていたからである。
「オットーめ……何が勝てる、だ! 無様に敗北しているじゃないか! しかも、生かされて裏切るだと……? この恥知らずがあ!」
ギリギリと食いしばる歯が悲鳴を上げる。
仮に、オットーが敗北して命を落としていれば、デニスもここまで怒りを抱くことはなかったかもしれない。
しかし、オットーは生き永らえ、しかも自分を裏切った。
許せるはずがなかった。
だが、デニスの心に去来したのは、怒りの次は恐怖だった。
「このままでは……このままでは、私が敗北する。魔王になれない。い、いや、それだけじゃなく……こ、殺される……!」
ガタガタと震えるのは、怒りではなく恐れである。
もはや、この派閥争いに勝ち目はない。
数だけならば、いまだに天爛派を上回る。
しかし、魔王軍最高戦力である四天王を誰一人として所属していない状態では、最強の暗黒騎士擁する天爛派には勝ち目はない。
なにせ、主流派最強のオットーをも倒した男なのだ。
残りの有象無象を突撃させたところで、どうすることもできない。
また、派閥争いに敗北した後のことである。
自分は妹を殺そうとした。
ならば、妹も自分を殺そうとするに違いない。
いくらバカ姫だとしても、自分の命を狙われた相手を生かしておくなんてことはしないだろう。
仮に、ルーナがそのような判断をしたとしても、彼女の派閥に属する魔族がそれを許さず、進言するだろう。
傀儡にしている魔王を使う?
しかし、父はほぼ自身の操り人形と化しているが、どうにも娘であるルーナが関与すると意識を取り戻そうとする。
自身の派閥にも頼れない。魔王にも頼れない。
そんな彼が頼ったのは……。
「だからこそ、我々と手を組んだのでしょう? 次代魔王陛下」
「……ああ、その通りだな」
デニスの前に現れ、ニコニコと微笑む男。
風前の灯であるデニスを次代魔王と称する男は、作り物のような笑顔を貼り付けている。
彼こそが、頼った存在である。
だというのに、デニスの顔は晴れない。
それを見て、心底楽しそうに男は笑う。
「おやおやぁ、あまり構えないでいただきたい。大丈夫、私たちのことは信用してくださって構いません。魔族に対して、とくに思うところもありませんしねぇ。宗教国の連中よりも、断然話は通じますよ」
そうは言うが、帝国とは、つまり人間の国だ。
しかも、話に出てきた宗教国よりはマシだが、人類よりも亜人や魔族を下に置く国家のため、魔族とは相いれない。
そもそも、人類と魔族は有史以来ずっと殺しあってきたのだが。
とはいえ、男の言うことにも一理あるのは事実。
もし、この男が宗教国の人間ならば、いくら追い詰められているデニスでも頼ろうとはしないだろう。
まさしく、自殺行為に他ならないからだ。
「ふん。あいつらになど話は持ち掛けん。人類史上主義者共になんてな」
「ええ、それが正しいでしょう」
宗教国の、魔族に対する迫害は激しいの一言だ。
帝国でも亜人や魔族は厳しい立場に置かれているが、それでも宗教国よりはマシだろう。
なにせ、歩いていていきなり殴り殺されても不思議ではなく、その殺した者も罪に問われるどころか英雄として称えられるような国が宗教国なのだから。
「さて、本当によろしいのですね? 我々は、作戦通りに動きますが……」
「……今更後戻りなんてできるか」
最終確認とばかりに、男が尋ねてくる。
男と練った作戦を実行すれば、間違いなく大きな被害が生まれるだろう。
だが、それでも、自分はこの作戦にかけるしかなく、人間の帝国に力を頼るほかないのだ。
その返事を聞いて、男は心底安堵したように笑った。
「おお、それはよかった。差し出がましいことをお聞きして申し訳ありませんでした。いやいや、本当によかった。必要な犠牲は少なくした方がいいですものね」
「……ッ」
頬を引きつらせるデニス。
つまり、ここでデニスが躊躇し、作戦を実行に移さなければ、彼らは始末していたというのだ。
ヘラヘラと笑う男に、底知れぬ恐怖を抱く。
彼らにとって、自分はただの道具に過ぎないのだろう。
使えない道具は処分する。それだけだ。
……だが、それはこちらも同じ。
帝国を利用し、魔王へと至る。
そのための道具として、この薄気味悪い男も使いつぶしてやろう。
「今回に限り、我々は全面的にあなたを支援します。ご安心ください。帝国軍のお力、すべてお貸ししましょう」
そう言って、男は背を向けて去っていく。
「私は……私は間違っていない。魔王になるために、私は……!」
デニスの独り言は、誰にも聞かれることはなかった。
◆
「あの男、使えるでしょうか?」
先ほどまでデニスと会話をしていたアルマンド。
彼が歩いていると、いつの間にか複数の人影が彼の背後に付き従っていた。
もちろん、彼らはアルマンドの命を狙っているわけではなく、むしろ彼の部下である。
すなわち、帝国軍の軍人だった。
「うーん……どうでしょうか。致命的なバカではないようですが、どうにも魔王の器ではありませんねぇ。私としては、バカ姫と嘲笑されている妹君の方が気になりますよ」
アルマンドは薄気味悪い笑みを浮かべながら、デニスと妹のルーナを評価する。
主流派に手を貸すことになっているため、当然のことながらルーナとは一切面会することができなかったが、アルマンドの個人的な興味は彼女への方が強かった。
バカ姫と揶揄されているが、本当にバカならあの絶望的な勢力差を一気にひっくり返すことはできなかっただろう。
デニスとオットーの下策もあったが、それだけなら逆転することは不可能だった。
また、それを成し遂げるのに大きな役割を果たした暗黒騎士。
魔王軍四天王最強の男と称される彼を、いったいどのように天爛派へと引きずり込んだのだろうか?
暗黒騎士を引き込むことができるほどの何かが、ルーナにはあるのだろう。
そう考えると、一概にデニスを支援してルーナと敵対する方がいいとは言えなくなる。
たとえ、勢力ではいまだに主流派が大きいと言ってもだ。
「では、妹の方に加担しますか?」
「それは意味がありません。すでに、私たちの力など必要ないほどの戦力を、天爛派は集めています。ここで私たちが支援を申し出ても、拒絶されるだけでしょう。それどころか、人類の一国家が魔族と取引しようとしたという弱みさえとられてしまいます。まったくメリットがありませんね」
部下の言葉を、アルマンドはあっさりと否定する。
そう、もう乗りかかった船だ。今更下船することなどできない。
すでに、最高戦力の四天王のうち、三人を天爛派は抑えている。
残りの一人も主流派に与しているわけではないため、戦力差はもはや歴然だ。
たとえ、すべての魔族が一斉に襲い掛かったとしても勝てないのが、四天王である。
それだけの戦力を保持していれば、敵対している人類の支援なんて受け入れるはずがない。
「なに、ご心配無用。私たちが支援をし、デニスには魔王となってもらいましょう。その見返りに魔王政権の中枢に入り込めば……いろいろと帝国にうまみがあります。帝国のために、頑張りましょう」
「はっ」
敬礼し、部下は一歩下がる。
それを見て、アルマンドは誰にも見えない位置で嘆息する。
まったく……どうしてここまで帝国のために尽くすことができるのだろうか?
彼にはさっぱり理解できなかった。
帝国? 人類? 利益?
そんなもの、すべてどうでもいいではないか。
自分が楽しめるかどうか。人生で大切なのは、それだけである。
「さて、どうなることやら……くくっ。面白くなってほしいですねぇ」
快楽主義者アルマンド。
彼のおぞましい欲望は、魔族たちを巻き込んでいく。
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