第24話 何勝ってんの俺!?
【(毒霧が邪魔だったから「んもう!」って剣を振るったらオットーが血を噴き出して倒れた件)】
「ぐああああああああっ!? わ、私の腕があああ!」
ゴトッと音が鳴って、腕が地面に落ちる。
噴水のように噴き出す血を、手で押さえながら悲鳴を上げるオットー。
腕を飛ばされる衝撃と苦痛は計り知れない。
今まで、ずっとあって当たり前だったものが、奪われるのである。
たとえ、四天王のオットーであったとしても、心身ともにダメージは非常に大きいものだった。
そして、巨大な三つ首の蛇の後ろにいた彼に攻撃が通っているということは……。
「へ、蛇を一撃で……この化物が!」
【(俺じゃなくて、この鎧が化物なんだよなあ……)】
オットーの目に映るのは、無残にも身体の大部分を斬り飛ばされてしまった蛇の姿である。
大量の血が、まるで雨のように降り注ぐ。
いくつもの人間の城塞都市を滅ぼし、小国をも溶かした最強の毒蛇は、たったの一振りでその命を散らすのであった。
オットーは、異質の存在を見るような、畏怖のこもった目で暗黒騎士を睨みつける。
彼からの反応はない。
それが、まるで当然の反応だと言わんばかりに。
「だが、負けるわけには……いかんのだ!」
だからと言って、オットーはこのまま引き下がるわけにはいかない。
もはや、後戻りのできないところまで来ているのである。
彼が懐から取り出したのは、白い風が渦巻いているような水晶だった。
これこそが、オットーの切り札だ。
先の蛇は、彼自身の最強の手だが、この派閥争いに勝利するために……暗黒騎士を倒すために、彼はもう一つの手を用意していた。
「トニオを倒したこの力、受けるがいい!!」
雄たけびを上げるとともに、水晶を地面にたたきつける。
すると、中に閉じ込められていた白い風が荒れ狂い、辺りを駆け巡る。
これこそが、同格である四天王のトニオを圧倒することのできた切り札。
二つしか用意できなかったそれを……最後の一つを、オットーは使用したのであった。
そして、その効果を真っ先に体感したのが、ルーナであった。
「……わたくしの壁が消えた……。それは、魔力を消滅させていますのね」
ルーナが作り出していた魔力壁が、何の予兆もなく消えた。
破壊されたわけでも、魔力切れになったわけでもない。
最初から、そこに存在すること自体がおかしいというように、消滅したのである。
ルーナはそれを見て、冴えわたる頭脳から分析し、答えを導き出す。
すなわち、あの水晶の効果は、魔力の無効化。
そこに存在することを許さないと言わんばかりの力で、この辺りで魔力を使うことができなくなる。
「ああ、そうだ。魔力は、魔族にとって生命力そのものだ。それを消滅させれば……どうなるかは分かるだろう?」
ニヤリとほくそ笑むオットー。
ルーナが【その程度】で済んでいるのは、力の多くを暗黒騎士に向けたからである。
魔というものと共に生きる魔族にとって、魔力は血と同じくらい重要なもの。
それを消滅させられるということは、どれほど凶悪なことか理解できるだろう。
だからこそ、手負いとはいえ四天王のトニオは、ろくに抵抗することもできずに倒れ伏すことになったのである。
「魔力を消滅させる力を、魔族が使うのは禁忌ですわ。外道に堕ちましたわね、オットー」
「それもこれも、すべてはデニス様を魔王にするため。外法に手を染めようとも、私はやらねばならんのだ!」
オットーは怒りをあらわにする。
彼だって、このような手段で四天王を倒したところで、大喜びできるはずもない。
正々堂々力と力のぶつかり合いの末に勝利することができれば、胸を張ることができるだろう。
しかし、暗黒騎士はそのような甘えた理想を言いながら勝利することのできる生易しい相手ではなかった。
そのため、この手段に及んだことも、彼は一切後悔はなかった。
「さあ、次はお前たちだ。覚悟はいいか?」
オットーの目は、ルーナとフラウに向けられる。
ルーナは天爛派のトップゆえに殺さなければならないし、フラウは自分が関与した暗殺だと知られてしまっているため、生かして帰すわけにはいかない。
たとえ、片腕を失おうとも、蛇を失おうとも、四天王の意地とプライドで彼女たちを殺そう。
実際、彼はそれができるだけの力と執念があった。
「ふっ……四天王となんて戦いたくない。危ないだろう。私などよりも、もっと見るべき相手がいるのではないか?」
しかし、フラウは自分たちが相手ではないと、前半情けないことを言いながら答える。
オットーは振り返り……信じられないものを見て、唖然とした。
「なん、だと……?」
【なるほど。このような力まで持っていたのか。オットー、貴様は私の予想を超えてくれたよ】
暗黒騎士。
魔力を消滅させられたはずの男は、平然と立ってオットーを見据えていた。
焦りも怒りもない。
むしろ、喜色が混じっている声音であった。
魔力は魔族にとって血と同じ。
それらを消滅させられたはずなのに、平然と立っているというのはあまりにもおかしすぎる。
強力な魔族だから?
しかし、四天王のトニオでさえも、倒れ伏して再起不能になるほどなのだ。
いくら暗黒騎士が強いと言っても、まったく効いていないという様子なのはおかしい。
「どうして……どうして立っていられる? その力を失っていない理由はなんだ!?」
【さあな(それが分かったら俺も苦労しないんだわ。なんで平気なの? これ、もしかして魔力とはまた別の異質な力でできているの? 怖いんだけど)】
応える気はないということだろう。
そこで、オットーは分析する。
暗黒騎士がまとっている力は、魔力ではないのではないか?
もし、魔力と異なる力であるならば、あの水晶でダメージを負わないという理由もわかる。
だが……だとしたら、【暗黒騎士はいったい何だ?】
魔力を保持せず、しかし魔王軍最強と称されるあの男は、魔族ではないのか?
魔族とは異なる、まったく理解の及ばない異次元の存在。
それが、暗黒騎士ではないか?
その思考にたどり着いたオットーは、背筋が凍り付く。
だとしたら、自分はいったい何を敵にして戦っていたのか……。
【さて、もう終わりか? まだ切り札があるのなら、待とう。それだけの価値がある(いいところまでいっていたよ! 頑張って俺を倒してくれ、オットー! 毒はなしで!)】
切り札を出しても効果がなく、むしろ期待をかけているような声をかけられ……オットーの心は折れた。
「……ない。もう、私にはお前を倒す手段はない。さっさと殺せ」
【(ぬわああああん! なんでそこで諦めるんだよ! 諦めるな! 俺を倒せ! 四天王から引きずり降ろせやああ!)】
座り込むオットー。
もはや、抗う力も気力もなかった。
暗黒騎士は、あまりにも高い壁だった。
彼が天爛派についた時点で、主流派の……デニスが魔王になる道なんてなかったのだ。
今、ここに至ってようやく理解することができた。
「ふっ……その意気やよし。私が斬ってやろう」
【いや、貴様は殺さん】
「えー……」
何もしていないくせに勝利を確信した瞬間出しゃばってきたフラウは、暗黒騎士の言葉に不満をあらわにする。
このまま生かしておけば、将来自分に牙を向けられる可能性を考えた言動であるが、暗黒騎士はイライラしていた。
しかし、これに不満を抱いたのは、オットーも同じである。
「……ふざけるな。私に、生き恥をさらせと言うのか!!」
【その通りだ(これだけ強かったら、いつか俺を倒せるかもしれんし殺すわけないだろ)】
「――――――っ!」
オットーは激高しそうになる。
別に、戦士としての誇りがあるというタイプではない。
しかし、自分は全力で殺しに行った相手に返り討ちにされ、あまつさえ命を見逃されるなんてことは、オットー自身のプライドが許さなかった。
そんな彼の前に現れたのは、魔王の娘であり敵対派閥のトップであるルーナだ。
「わたくしとしても、あなたを殺させたくはありませんわ。なにせ、天爛派は人員不足ですの。四天王を殺すよりも取り込んだ方が、誰の目から見ても正解ですわ」
「……私に、デニス様を裏切れと?」
「そもそも、敗者に選ぶ権利なんてありませんわ。殺すも生かすも、こちら次第ですの」
ルーナは淡々と冷たさを感じさせる言い方を続ける。
いつものバカな様子だったら、オットーは耳を貸さなかっただろう。
自分の知らない、次代魔王に相応しい冷たさを感じ取り、オットーは静かになる。
【(戦ったの俺なんすけど)】
「(部下の功績は主人のものだ。失敗は部下の責任だが)」
【(お前、クソ上司じゃねえか!)】
暗黒騎士とフラウがやけに近い距離にいることなんて、オットーは気にならなかった。
それほど考えに集中し、しばらくたってから顔を上げた。
「……好きにしろ。だが、この派閥争いで、私が天爛派の味方になることはない。しかし、主流派にも与しないと約束しよう。その勝者に、私は仕える。……まあ、どちらが勝つかは、もはや明らかだろうがな。数の差など、関係ないだろう」
ちらりと暗黒騎士を見る。
数がどうとか、トップの資質がどうとか、もはやそういう次元の話ではない。
暗黒騎士が味方した方が勝つ。
単純で明快な答えだ。
【……期待しているぞ、オットー(四天王から引きずり降ろしてくれることをな)】
「……っ! ふんっ、この選択を後悔しないことだな」
その暗黒騎士の言葉に、どれほどの感情が込められていたのだろうか?
オットーは、そこに確かに感じ入るものがあった。
嘲りでも、見下してもいない。
ただ、純粋な期待。
そして、その期待は自分と対等であることを望むもの。
オットーは、暗黒騎士を倒すために、天爛派に寝返ることを決めたのであった。
【(……っていうか、何勝ってんの俺!? ああああ! 負けていたら四天王辞められたのにいいい!!)】
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