第17話 協力関係
「(さて、どう出るのでしょうか……)」
全裸になったルーナは、暗黒騎士を覗き見ながら考えていた。
裸になったことに対する羞恥心などない。
別に、さらして恥ずかしくなるような身体でもないし、見られたからと言って何か失うわけでもない。
まあ、暗黒騎士が欲情して襲い掛かってこられれば、乱暴にされるのは困るが……それはそれで好都合である。
それを楔にして、彼を勢力に入れることができるのだから。
「(残念ながら、それはなさそうですわね)」
黒い瘴気の中、彼は狭い兜の穴からこちらをじっと見つめてきている。
欲情しているというより、観察をしている。
「(わたくしの本性と建前の違いに、好奇心でもわいたのでしょうか?)」
興味を持ってもらえるのであれば、何でもいい。
それで、少しでも引き込める希望が生まれるのであれば……。
「(まあ、それは限りなく薄い希望でしょうが)」
自分で申し出ておいて、暗黒騎士がこちらについてくれる可能性は恐ろしく低いと判断していた。
なにせ、本当にメリットがない。
今にも沈みそうな泥船が、ルーナ率いる派閥である。
魔王となった際の地位の約束? 金銭などの報酬?
そんなもの、デニスたちも同じようなことをするだろうし、そうなるとこのままであれば間違いなく勝利するデニスの側についた方がいい。
だから、ルーナは自分を差し出した。
次代魔王を好きに扱うことができる。それは、ルーナの派閥でなければできない、ほぼ唯一のことだからである。
自分の見た目はそこそこいいという自負もあるので、通常なら希望が生まれるかもしれない。
しかし、それは性欲がある者でなければならない。
ほぼすべての生物が性欲を持っているものの、この目の前の男は数少ない例外にあたるだろう。
彼が鎧を脱ぎ、無防備になった姿を見た者は誰もいないくらいなのだから。
そのため、ルーナは期待はしていなかった。
【……いいだろう。私はお前の下についてやる】
だからこそ、このような返事が戻ってきたとき、ルーナは柄にもなく目を丸くして唖然としたのであった。
「……そんなにわたくしの身体って魅力がありましたか?」
【違う。そうじゃない】
首を傾げて問いかければ、あっさりと否定される。
そもそも、ほとんど口を開かない暗黒騎士と会話できているだけでも、すごいことである。
あっさりと否定されたのは、少し気に食わないが。
「では、なぜ?」
【……私にも、私の目的があるということだ。身体は必要ない】
その言葉に、ルーナは強い不安を抱いた。
暗黒騎士の目的。それは、いったいどのようなものなのか。
それがわからなければ、この不安が解消されることはないだろう。
ルーナが目的ではない。だとしたら、自分を魔王に仕立てあげてから、何か目的が?
「……その目的、お伺いしても?」
【今、貴様に話せることは何もない。時が来れば、話す】
あっさりと拒絶される。
目的を知ることができなければ、恐ろしくて仕方ない。
ただでさえ、全身を鎧甲冑で隠している暗黒騎士である。
これ以上に隠し事が増えれば、素直に信じることはできないだろう。
「申し訳ありませんが、それだと不安です。見返りを教えていただけなければ、わたくしもあなたを心から信用することはできませんわ」
【信用する必要はない。貴様は私を利用し、私も貴様を利用する。それでいい】
……確かに、それでいいかもしれない。
ルーナの冷静な部分で、そう判断するところもあった。
自分は魔王になるために暗黒騎士を利用し、暗黒騎士も何かしらの目的のために自分を利用する。
それは、ある意味で分かりやすいのだが、その目的がわからなければ、そう簡単にうなずくわけにはいかない。
「よくありませんわ。やはり、わたくしを抱いてくださいまし。それだけで、ルーナは納得いたしますわ」
だからこそ、ルーナは冷たい甲冑に身を寄せる。
もし、身体が目的と……そう自分自身を納得させることができれば、この不安も多少は取り除かれるだろう。
安心を得るために、自分の身体を売る。
人間としてその手段に出られることはそうそうないだろうが、ルーナは魔族の繁栄と自分の身体を天秤にかければ、圧倒的に前者が優先される。
【……ならば、一つ】
小さく、冷たく暗黒騎士がつぶやいた。
【貴様が魔王となったときに、私の要求を一つ聞いてくれ。それで、私と貴様の契約としよう】
しゃがみ込み、ルーナと目を合わせるようにする暗黒騎士。
本来ならば、警戒心を解く一つの手段になるのだろうが、全身を黒い鎧で覆った巨漢がしゃがみ込めば、威圧感もすさまじかった。
そして、要求される一つの契約。
見返りを何も求めないよりは、不安は消える。
しかし、その要求の内容がわからなければ、安心することはできない。
「……その要求は、魔族の……」
【安心しろ。魔族にも、それこそ貴様の身も地位も安全を保障しよう。この鎧に誓ってな】
ルーナは考える。
鎧に誓って……という言葉にどれほどの意義があるのかはわからないが、一切脱がないことから考えて、暗黒騎士にとってその鎧は誇りなのだろう。
それに誓うということは、信じていい気もするが……。
いや、このようなぜいたくを言っていられる立場ではないのだ。
暗黒騎士の力を借りなければ、自分はデニスに押しつぶされる。
その未来は、魔族の滅亡である。
ならば、暗黒騎士がどのようなことを要求しようとも、彼女はうなずくことしかできないのだ。
「わかりました。それで、お願いします」
スッと手を伸ばせば、恭しく暗黒騎士はそれを掲げ持った。
絵画に出てくるような美しい光景ではなく、人類からすれあ、むしろ次代魔王と最悪の暗黒騎士のおぞましい結託の瞬間である。
こうして、暗黒騎士と魔王の娘の、短い協力関係が築かれたのであった。
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