第16話 俺の答えは……



「お兄様含め、主流派は愚物しかおりませんわ。あれらに魔族の未来を任せていれば、喫緊に人類に滅ぼされます。また、父も昔ならいざ知らず、今となってはお兄様の傀儡でしかありませんわ。耄碌した王など、不要ですの。だから、わたくしが魔王になりますわ」


 淡々と話すルーナ。

 もはや、バカ姫の名残はどこにもない。


 というか、実の兄を愚物って……。

 もしかして、周りがさんざん侮ってバカにしていたのだが、逆に見下されてバカにされていたということか?


 なんだその状況。

 ここまで堂々と魔王になると言い切れることは、それはすごいことだと思う。


 それを俺に話すなよっていうところはあるが。

 だって、これ絶対巻き込む気満々じゃん。


「うーむ……だが、別に姫が魔王になる必要はないですよね? 人間と違って、『血』が重要というわけでもないですし」


 むっつりと黙り込んでいる俺に変わって、フラウが尋ねてくれる。

 そうだー。別にルーナが魔王にならなければいけない理由なんてないだろー。謝罪しろー。


 人間は王族が順番に王位を継承していく。つまり、血が大事なのだが、魔族は違う。

 強者とカリスマ性と運。それらがあれば、それこそスラムにいても魔王に上り詰めることは可能だ。


 周りに文句を言う者もあらわれるだろうが、それを押しつぶせるほどの力があれば、魔王として君臨することができる。

 そのことは、人間として、騎士として、国に仕えていたフラウの方が詳しいだろう。


 正体は絶対に生き延びて適当な貴族の愛人になるとのたまうとんでも騎士だが。


「その通りですわ。魔族をしっかりと導けるのであれば、わたくしでなくても何ら問題ありません。しかし、そうなると、激しく混乱をきたします」


 ルーナは宙を見上げる。


「どのようなことで、魔王にふさわしいとしますか? 力の強さを重視するため、戦わせて最後に残っていた者が魔王に? それも悪くはありませんが、時間もかかりますし混乱しますわ。殺し合いにも発展するでしょうし、その隙を人類に突かれれば大打撃は間違いないでしょう」


 ……まあ、確かに時間はかかるだろう。

 それに、不倶戴天の敵である人類が、そんな魔族の隙を見逃すとも思えない。


 不可侵条約でも結んで一時的な平和を作り出していれば話は別だが、そんなものもないしな。


「人間のように、血に凝り固まっているのは間違いでしょうが、ある程度王の資格を持つ者を限定するのは、いいと思いますの。無駄な混乱を起こさないためにも」


 人間の国の多くでは、王位継承権を持つ王族が次代の王になる。

 しかも、順位も決めているため、下位順位者が無理にでも王になろうとしなければ、混乱なく継承ができるだろう。


 時間もたっぷりとあるため、王になる前からしっかりと教育も受けられる。

 まあ、愚者である場合に、そのまま止められずに王になってしまうという難点もあるが。


 そう考えると、あながち血で次代の王を決めるという制度は否定できるものではない気もする。

 まあ、そもそも知ったことではないのだが。


 俺がそれに関与することなんてないし。


「魔族一人一人を見て選ぶことをしないというのであれば、現状魔王軍の中で高い地位にいる者から選ばれるべきですわ。わたくしたち魔王の一族から離れれば、それは四天王となりますが……失礼ながら、王にふさわしい者はいないと思いますの」


 無表情で淡々と、本来なら言いづらいことを言うルーナ。

 お前に王の器はないと直接言われているようなものだが、俺はまったく怒りを覚えず、むしろ納得していた。


 うん、確かに。四天王で従いたいと思える奴なんて誰もいないし。

 トニオは感情的猪野郎だし、オットーは見下しいけ好かないマンだし、メビウスは無関心女である。


 どいつもこいつも性格破綻者だ。嘆かわしい。俺を見習え。

 そんな俺も、魔王なんてやりたくないし。


 むしろ、魔王軍を辞めたいってずっと思っているくらいだわ。


「ですから、消去法でわたくしですわ。もし、気に食わないというのであれば、一時的な魔王で構いませんわ。その間に次代の王を見つけてくだされば、わたくしは喜んで禅譲いたします」


 魔王の座に固執しているわけでもない、と。

 なんだこいつ……。


 地位が欲しいということもなく、出世欲があるというわけでもなく、ただただ魔族の繁栄のために行動している?

 個というものがないのか? 怖いわ、こいつ。


 あの愛嬌のあるバカ姫はいったいどこに……。


「ここまで知ってしまったからには、無理やりにでも協力してもらうってやつですか?」


 フラウが尋ねたことに、俺は戦慄する。

 そ、そうだ! そういうパターンか!?


 これはまずい。自分からすべてをさらけ出しておいて、ここまで知ったからには無理やりにでも協力してもらうぜ……っていうやつか?

 ちくしょう! 聞きたくて聞いたわけじゃないんだぞ!


 これも全部フラウに押し付けなければ……。

 しかし、ルーナは俺の危惧を否定する。


「まさか。それは、パワーバランスがこちらに傾いているときにしかできませんわ。わたくしはもちろん、派閥の力をもってしても、暗黒騎士様にはかないませんもの」


 ほっ……。

 ルーナの言葉に一安心をする。


 ……あれ? もし、俺をどうにかできる手段があれば、脅迫していたってこと?

 どうしてバカ姫からこんなモンスターが生まれたんだ……。


「だから、これはお願いですの。あなたよりもはるかに力のない小娘からの、ただのお願い……懇願ととっていただいて構いませんわ」


 そう言って、ルーナは深く頭を下げ……下げるなぁ! これ見られたら、俺やばいだろうが!

 人払いをしているとは言っていたが、しょせんは弱小派閥。


 デニスの派閥が無理にでも見ようとすれば、見られるだろう。

 そこで、派閥のトップに頭を下げさせている俺の姿を見られれば……まずぅい!


「父はすでに耄碌し、仮に支えたとしても魔族は衰退の一途をたどりますわ。お兄様は論外。魔族が滅びますわ」


 相変わらず、自分の家族に対して辛辣な評価である。

 とはいえ、その評価を否定することもしないが。事実だし。


「わたくしは、この国を大きくし、魔族を繁栄させる責務がありますの。そのためならば、何でも致しますわ」


 その冷たい目に、迷いはなかった、

 ただ、そうしなければならないという、義務感にも似た何かが宿っていた。


 後天的にそのような性質が作られたのであれば、まだ理解できる。

 しかし、これが先天的なものだとしたら……めっちゃ怖い。


 誰でも、程度の差こそあれ、自分のことを優先するだろう。

 だが、ルーナはまるで歯車の一部のように、魔族の繁栄のために自分を使いつぶそうとしている。


 それが、俺にはまったく理解できず、恐ろしかった。

 周りの何を犠牲にしても、とりあえず自分のことを優先する俺からすれば、なおさら理解できなかった。


「わたくしからあなたに提供できる見返りは、ほとんどありませんわ。しかも、わたくしの派閥は主流派に押されていて……まさしく、泥船ですわ」


 自身の危うい立ち位置を、淡々と説明するルーナ。

 まあ、派閥争いに一切関与していなかった俺でも同じ意見である。


 このままでは、間違いなくデニスの勢力が勝つはずだ。

 だとしたら、もはや抜け出せない者ならまだしも、今更ルーナの勢力に入ろうとする者はほとんどいないだろう。


 俺だって、表立っては入りたくないし。


「そのため、わたくし自身を差し上げます。何をしていただいても、どのように扱っていただいても構いません。わたくしが魔王としての責務が果たせなくなるほどのことでなければ、何でも」


 ……なんかすごいこと言っていない?

 と、俺がこっそりと戦慄していれば、ルーナはその薄い衣装を脱ぎ捨てていって……エッッ!?


 な、何してんだこいつぅ!?

 もともと、身体の凹凸が浮かび上がりやすい、薄い衣装を身に着けていたルーナ。


 それをも脱ぎ去った今、彼女の身を隠すものはなにもなかった。

 大きく膨らんだ胸に、引っ込んだお腹。大きく曲線を描く臀部。


 めちゃくちゃ目を引き付けられるが、鎧があるせいでどうにもならない。

 鎧ぃ!!


「で、でかい……。負けた……」


 がっくりと肩を落とすフラウ。

 打ちのめされるのは勝手だが、お前は他にもいろいろと負けているぞ。品性とか。


「それなりに、客観的に見ても見た目はいいかと思いますの。それに……」


 スッと近づいてくるルーナ。

 俺の方が身長が高いため、下から覗きこまれる。


 揺れているぞ。


「魔王として気取っている女を、ペットのように所有物として扱うのは、男としてたぎるものがあるのではありませんか?」


 無表情で羞恥心のかけらもないルーナだが、その言葉にはとてつもない色気がある。

 たぎるものはありますねぇ!


 ただなぁ……この鎧、脱げなかったら好きに扱うこともできないんだよなぁ……。

 ここまで堂々としたハニートラップを、俺は初めて知った。


 さて、ここで俺がどう答えるかが、大きな分岐点となるだろう。

 そのことも踏まえて、俺の答えは……。



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