第15話 テロリストよりやべえ



「(くだらない)」


 ルーナにとって、世界の感想はその一言だった。

 たかだか100年ちょっとしか生きていないガキが何を言っているのだと思われるだろう。


 実際、彼女が世界すべてのことを知っているなんてことは言えないし、彼女自身もそう思っていた。

 それでも、ルーナにとって世界はつまらなかった。


 人類と魔族の戦争一つをとってもそうだ。

 気が遠くなるほどの、それこそ記録さえ残されていないはるか太古の昔から敵対し、争ってきた二つの種族。


 まったくもってくだらなかった。

 いつまでこの意味のない戦争を繰り返すのだろうか?


 国家間の戦争ならば理解できる。

 領土を広げなければならなかったり、食料を奪わなければならなかったり……何らかの要因があって行われるだろう。


 しかし、魔族と人類の戦争には、明確で必要な理由なんてない。

 ただ、気に食わないから。


 遺伝子レベルで組み込まれている不倶戴天の敵だからこそ、戦争をしている。


「それに、いったい何の意味があるのでしょう」


 ずっと疑問だった。

 人類の領域を侵略しなければならないほど魔族は飽和状態でもないし、人類側だってそうだ。


 そもそも、あちらは魔族と違って一枚岩ではなく、いくつもの国家を作り出して、人類の中でもいがみ合っているというのに。

 ああ、無駄だ。その戦争で浪費される人材も時間も資金も。全部無駄だ。


「嘆かわしいことに、お兄様も何も理解されていませんわね」


 デニスが理解しているのであれば、魔王なんて自分がなろうとは思わない。

 兄を気に食わない勢力が自分を祭り上げていたが、何だったら追放されて魔族に一切かかわりを持たないと約束することだって考える。


 だが、デニスはダメだ。

 あれは、魔王になることしか考えておらず、魔王となった後のことは考えられていない。


 目の前のことで精いっぱいになっている【愚物】であった。


「せっかく、バカみたいな演技もしていたのに……」


 あれは、本格的に派閥のトップとなってデニスとしのぎを削りあうことを避ける意味と、自分を過小評価させ動きやすくするという意味もあるが、何よりもデニスへの助け舟である。

 能力が高ければ、また相応の知能の高さがあれば、さっさと魔王をとっていても不思議ではないのだが、それができていない時点でルーナは兄のことを見下していた。


 デニスが役に立たないのであれば、自分がやるしかない。

 しかし、さんざんデニスに塩を送っていたため、自身の派閥は弱小も弱小である。


 となれば、それを一気に打開できるのが、魔王軍最高戦力である四天王である。

 その一角であるトニオを味方にすることはできたが、あれは同じく四天王であるオットーに対する敵意からであり、別に個人的に忠誠を向けられていないことは分かっていた。


 オットーはデニスの派閥だし、メビウスはそもそも派閥争いに一切関与していない。

 彼もまた関与はしていないのだが、一気に盛り返すためには彼こそが最適任である。


「暗黒騎士様。わたくしは、あなたのことをとても高く評価していますわ」


 魔王軍最強との呼び声もある暗黒騎士。

 彼を自分の味方にすることができれば、一気に状況は変わる。


 単体での戦力という意味でも大きいが、『あの暗黒騎士が味方するのであれば……』と、ルーナの側につく者もいるだろう。

 絶対的な強者という意味で、暗黒騎士にはカリスマ性があった。


 人知れず人気も高く、とくに実力至上主義者の中ではなおさらである。

 逆を言えば、そんな彼にデニスの派閥に行ってもらったら困るのである。


 もはや、兄に魔族の未来を託そうと考えられなくなっている今、そうなってしまえば完全に勝つ未来はついえる。

 言ってしまえば、同じく無関心のメビウスよりも重要度が高いのだ。


「だから、こうしてお願いをしていたんですけれど……」


 天真爛漫を装った演技でお願いをしてみるが、返ってくる反応はなかった。

 というか、ルーナもかなり頑張っているのだ。


 やはり、暗黒騎士は恐ろしい。

 彼が暴れたとか、むやみに人を傷つけるような者でないことは知っている。


 だが、恐ろしい。

 目の前に立つ巨躯。全身から瘴気をあふれ出させているその姿は、まさしく悪の権化。


 魔王よりも魔王らしいその姿に、冷徹で達観しているルーナでさえも恐れという感情を抱く。

 こんな感情を抱くのは、間違いなく暗黒騎士が相手の時だけだろう。


「だからこそ、欲しいですわ」


 ただ相対するだけでもわかる、暗黒騎士の力。

 褐色の肌の上に汗が浮かび上がり、足が震えてしまうほどのそれが、自分のものになる。


 そうなれば、一気に派閥争いの勢力図も変貌するだろう。

 たった一人で、次代魔王を決める争いに大きな影響を与えるのが、この暗黒騎士なのだ。


 味方にできるか、はたまた敵になるか……。

 だから、まずは誠意を見せよう。


 今まで隠してきて、兄はもちろん父にさえ見せたことのなかった本当の素顔を見せよう。


「腹を割ってお話をしましょう、暗黒騎士様」


 暗黒騎士を、自分の味方にするために。











 ◆



 冷たいオーラを噴出させるルーナを前にして、俺は激しく動揺していた。

 え? え? 誰?


 なに? この冷たい雰囲気を醸し出すお嬢様は。

 どちら様かな? そこにいたのは、能天気バカ姫なんだけど、知らない?


「ちゃんと人払いも済ませておりますわ。いつもみたいに黙り込まず、ちゃんと言葉にしていただきたいんですの。わたくしも、全部さらけ出しますので」


 無表情で淡々と言ってくるルーナ。

 えー……人払いもちゃんとしていたの?


 あの無能おバカはいったいどこに……?

 もう話が急展開すぎて、訳が分からなくなってきた。


 いきなり呼びつけられたと思えば、魔王になりたいだの、性格が急変するだの……。

 というか、その冷たい感じなに?


 有能な施政者感がすごい。

 意地汚いフラウも少しは見習ってほしい。


「生きるためなら裸踊りも辞さないぞ」


 そんな覚悟聞きたくねえよ……。


「あなたにこれから嘘はつきませんわ。それで、あちらにいかれたら、大変ですもの」


 俺がデニスの派閥……主流派に行くことを危惧しているのか。

 ……いや、行かないぞ? そして、お前の派閥にももう行かないぞ?


 バカで扱いやすそうだから手助けしようと思っていたのに……とんだ見込み違いだぜ。

 内心あきれている俺に、ルーナは何の感慨も抱いていない様子で言った。


「わたくしの目的は、お兄様率いる『主流派』を撲滅し、父を弑し、魔王を簒奪することですわ」


 こいつ、テロリストよりやべえ……!



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