第14話 誰?
「ちっ、クソが!!」
荒々しく街を歩くのは、魔王軍四天王の一人であるトニオである。
彼から吹き荒れる殺気はすさまじく、空間を歪ませるほどだ。
魔王軍最高戦力の一人が、いら立ちを隠さずに歩いている。
夜に活動的になる魔族も多いのだが、そのためみんな建物の中に避難し、トニオの視界に入らないようにしている。
そのため、ひどく殺風景で静寂の夜となっていた。
「ああ? テメエ、今更何の用だよ」
今の状況を理解しているトニオは、だからこそ目の前に立ちはだかった存在が信じられずに眉をひそめた。
ただ立つだけでも命知らずということができるのに、それに加えてその人物である。
たまたま出くわした?
いや、それはない。
彼が、今にも自分に襲い掛かってきそうな殺意と敵意を出していることからも、それがわかる。
「……おいおい、そういうつもりか。ずいぶんと直情的じゃねえか、テメエ。俺のことを猪とか言うくせに、テメエの方がよっぽどだぜ」
にやにやと笑みを浮かべるトニオ。
目の前に立つ存在は、自分と同等と言えるだろう。
だからこそ、戦えば圧勝することはない。
必ず自分もダメージを受けるだろうし、下手をすれば命を落とすことだって考えられる。
だが、おそれはない。
昔から、彼のことは気に食わなかったのだ。
ならば、この戦いは望むところだ。
「だがまあ、嫌いじゃねえよ。さっさと始めようぜ。てめえをぶっ殺してやるよ! 周りの被害なんて知ったことじゃねえ!」
構えをとる。
魔力を高めれば、暴風が吹き荒れる。
化物同士の衝突を感じ取った住民たちは、より一層建物を閉じきる。
「ああ、そうだな。だが、直接戦うほど、私もバカではないのだよ」
「あ……?」
ようやく話したと思えば、訳の分からないことを言う襲撃者に、トニオは怪訝そうに顔を歪める。
そして、その目は大きく見開かれ……。
台風同士が衝突するような衝撃に備えていた住民たちは、あまりにも静かな決着に建物の外に出てくる。
そして、血だまりに沈むトニオが発見されるのであった。
◆
…………ウェア?
「どうして狼狽の言葉を二回も?」
フラウが問いかけてくる。
というか、自然と心を読むな。
……やっべ。頭が真っ白になって記憶がぶっ飛んでいたわ。
いやー、反省反省。
ルーナは俺と遊びたいって言ったのに、それを忘れるのはいかんよな。
うんうん、申し訳ない。
「……? そちらの方が何をおっしゃっているかはわかりませんが、もう一度言った方がいいのでしょうか?」
小首をかしげるルーナ。
ツインテールに縛られた長い白髪が揺れる。
いや、いい。言うな。言わなくていい。
ちゃんと覚えているから、本当。
「わたくしを……」
え? 遊び倒してほしいって?
よーし! 俺張り切って10日間くらい不眠不休で遊んじゃうぞ!
だからさっきの言葉は言わないで言わないで言わないで!!
「魔王にしてくださいまし!」
キヱエエアアアアアア阿阿ア嗚呼アアアアア!!
鎧が不動だが、もしなければ地面をのたうち回っていたことは間違いない。
「あなたはどうして魔王になりたいんですか?」
「それは……」
鎧のせいでもなんでもなく、精神的ダメージで言葉を発することのできない俺の代わりに、フラウがルーナに問いかけてくれた。
ルーナはしばらく深刻そうに沈黙していたが、時間をかけてゆっくりと口を開いて……。
「格好いいから、ですわ!」
ぶっ飛ばすぞクソガキぃ!
久々にブチ切れるわ! 頭の血管も切れるわ!
そもそも、こいつが魔族のためとか、そういうきれいごとを言ってきていたとしても拒否していたが、それが格好いいからだと!?
いくら温厚な俺でも怒るわ!
「確かに、王になって散財してみたいが、暗殺がな……」
お前みたいな王は嫌だし、間違いなく暗殺されるぞ。
「ねー、お願いしますわー。わたくし、魔王になりたいんですのー。一番上に立って、高笑いしたいのですわー」
俺の身体に縋り付いてきて、面倒くさく絡んでくるルーナ。
鎧を脱いでいるときにしてくれない? 柔らかそうなのに……。
というか、もう今でそこそこ地位高いんだから我慢しろや!
派閥のトップなんだから、そこで高笑いしていたらいいだろうが!
あー、もうやばいよ。これ、デニスの手下に感づかれていたら本当にやばいよ。
絶対、こいつ人払いとかもできていないだろうしな。
こいつの下についている奴らが有能であることを祈るが……そもそも、下からしても、押されている現状を打破するために四天王の一角を取り入れることは歓迎すべきことのはずだ。
むしろ、隠すよりも周りに喧伝することだろう……クソが!
このバカ姫、どこまでバカなんだ……!
「でも、もしこれが計算だったらすごいな。今まで派閥争いに無関心を装っていたお前だが、どうしても関わらざるを得なくなるんだから」
コソコソと耳打ちをしてくるフラウ。
計算? ないだろ。
かっこいいから魔王になりたいとかいう脳みそお花畑だぞ?
そこまで考える脳はない。
……それに、悪いことは悪いのだが、最悪というわけではないかもしれない。
俺はそう思えるようになっていた。
「ほほう?」
興味深そうに顔を覗き込んでくるフラウ。
まず、デニスとルーナの魔王争いだが、どちらが魔王になるのが俺にとって都合がいいかというと、後者である。
デニスの場合だと、本当にこき使われてすりつぶされる可能性があるからな。
ちなみに、この都合のよさに魔族全体にとっての利益は考慮されていない。
どちらがマシかといえば、そりゃデニスである。
性格悪いし実の父親を傀儡にしているような奴だが、能力的にも責任感的にもしっかりある。
ルーナはバカのため、それがない。
魔族の未来像などもないし、もうどうしようもない魔王となるだろう。
だが、俺にとっては都合がいい。
なぜなら、バカだから。
バカだから、御しやすい。
なんだかんだうまいこと言ったら辞められそうなんだよな、四天王。
目下の俺の目標といえば、四天王を辞めることと鎧を脱ぐことである。
四天王を辞めることができれば、少なくとも勇者とかいう化物を相手にする必要はほとんどなくなるはずだ。
命の安全が担保されて、あとはユリアに鎧を脱ぐ方法を研究させ続けているだけでいい。
その間は飲み食いをしなくても生きていけるし、ただただぼーっとしているだけでいいのだ。
……というより、もうフラウが俺の頭の中を自然と読んでいることに驚きがなくなった。
俺もこいつの考えをなんとなく察することができるしな。
「なんですの?」
ほら、何を考えられているかさっぱりわかっていないルーナは、アホ面のまま首を傾げている。
……よし、ルーナの味方をしよう!
とはいえ、大々的に彼女の派閥に入って、デニスたちとドンパチをやるというのは嫌だ。
面倒だし怖い。
ということなので、陰から支える的なことをしよう。
それを伝えれば、バカだしルーナも納得するだろう。バカだし。
ふー……。なんだかずいぶんと黙り込んで沈黙していた気もするが、大丈夫だろう。
ルーナは能天気だし。
よし、ルーナ! 俺はお前の味方になるぞおお!
そう口にしようとして……。
「……やはり、嘘は通じませんか」
静かに、しかし冷たい声に、ガチャリと音を鳴らして硬直してしまう。
……え?
今誰が声を出したの?
なんだか氷のような絶対零度の声音だったじゃん。
ここにいるやつで、そんな声を出せるのっていたっけ?
少なくとも、俺ではない。俺の声ではなかったし。
で、人払いがしてあるかどうかは知らないが、現状ここにいて声を発するのはフラウとルーナしかおらず……。
フラウは違う。あんな声は、【今は】出さないはずだ。
となると……。
「さすがは、四天王最強の暗黒騎士様というところでしょうか?」
先ほどまでの能天気な表情は消え、冷たい無表情で俺を見据えるルーナがいた。
……誰?
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