第13話 ウェア?



 ……という、語るも涙の壮絶な過去があったわけだが……。

 フラウから、『コソ泥に天罰が当たっただけでは?』と言われたことはいまだに許さん。


 俺はユリアの研究所に意識を戻す。

 当然、この過去を話していたわけではないので、ユリアはすでに俺から目をそらして離れた場所に立っていた。


「ふむ……やはり、よくわからないな。まあ、そうそう君の秘密がわかるはずもないか。なにせ、魔王軍最強の四天王なのだからな」


 振り返り、俺の方に戻ってきながらユリアが言ってくる。

 魔王軍四天王と呼ぶのはやめろ。ぶっ飛ばすぞ。


 だいたい、秘密もくそもないぞ。

 鎧を着たら脱げなくなっただけだ。早く脱がせてくれ。


「ほら。整備はちゃんとしてある。また私のもとに来てくれると嬉しいよ」


 そう言って、ユリアは剣を渡してきた。

 本来であれば金銭を支払わなければならないのだろうが、彼女はただでやってくれている。


 ただに弱い俺。危険な道を潜り抜けながらここにやってくる理由の大きなものが、これである。

 あと、本当早く鎧を外す方法を探し出してくれ。頼む。


【……世話になる】


 俺は彼女に背を向けて、歩き出す。

 はぁ……戻るときも、怖いんだよなあ。


 もっと楽にたどり着ける場所に建ててくれよ、本当。


「世話に? そんなお礼は必要ない。私も、私の目的のために、君のことを調べているのだからね」











 ◆



 ……最後の最後に、とてつもなく不穏な言葉を吐いていたな、あの女。

 とはいえ、今のところ、あの人を寄せ付けない科学者に頼るしかないのが現状である。


 まあ、この鎧を解除できれば、あれも用済みだしな。

 おっぱい見ることもできるし、我慢してやろう。


「お前って本当にムッツリだな。正直、キモイ」

【生きるために鼻水と涙垂れ流しながら土下座してきた誇り高き女騎士様の言えることじゃないですね……】

「やめろ。やめて……」


 時折身体の主導権を鎧に持っていかれるんだよな。

 ……やっぱり、この呪いの鎧が怖い。早く解除して。


「そういえば、そろそろ時間だな。あのバカ姫のところに行く」


 思いついたようにフラウが言う。

 ああ、そうだ……。訳の分からない誘われ方で、俺は魔王の娘であるルーナに呼び出されていた。


 明確な時間は記されていなかったが、もう夜も更けて月が空に上がっている。

 ……忘れていたで済まないかな?


 というか……。


【おい、あんまりそれ言うな。誰が聞いているかわからないだろうが】


 平然とバカ姫とか言うなよ。

 あれでも、魔王の娘だぞ?


 魔王は耄碌しているし、息子に傀儡にされていそうな雰囲気があるけども。

 それでも、魔王の娘は現在派閥争いをしている片方のトップだ。


 その下の連中にとがめられて、命を狙われるようなことになれば大変だ。


「……私のことを心配しているのか? 怖い……何を企んでいるんだ……」


 震えながら、金と銀のオッドアイで睨みつけてくるフラウ。

 違う。お前と一緒にいる俺の心配をしているんだよ。


 俺も連帯責任で処罰されたら大変だろうが。

 ……いや、四天王から降格とか、魔王軍から追放とかならいいんだよ?


 殺されるとかなら困るっていう話で。


【はぁ……行くか】

「適当に遊んで終わりだろう? 気楽にいこう、気楽に」


 まあ、それもそうか。

 俺はのんびりと魔王城に向かって歩いていくのであった。











 ◆



【あー……帰りたい】

「この期に及んでも往生際が悪いのはさすがだな」


 お前ほどじゃないけどな。

 俺はひょこひょことついてきたフラウとともに、魔王城の中を歩いていた。


 俺がこんなにも憂鬱な気分になっているというのに、彼女は呑気な表情のままだ。

 思いきり頬を押しつぶしてブサイクな顔にしてやりたい。


 そもそも、無派閥の俺がルーナに呼び出されるだけでも、非常にまずいんだよな。

 絶対デニスは俺に監視をつけているだろうし。


 遺憾ながら、魔王軍四天王の一人である。

 現状で、四天王のうち派閥に属しているのはトニオとオットーの二人であり、それぞれが別の派閥である。


 となると、残りの四天王である俺とメビウスに対する目というのは、必然的に強くなる。

 俺は不愛想冷徹男ということであまり接触はされないが、同じく不愛想でも見た目が整っているメビウスは接触しやすいだろうから、俺以上に勧誘を受けていることだろう。


 なんだかんだのらりくらりと躱しているらしいが。

 そして、ついにルーナが俺を取りに来た……と捉えられても不思議ではない。


 俺かメビウス。どちらかを派閥に入れられることができれば、少なくともその時は相手の派閥よりも四天王の数が多くなるし、優位になると言えるだろう。


「まあ、それはあんまり考えにくいがな」

【だな。だからこそ、のんきにここまで来たわけだし】


 フラウの言葉にうなずく。

 俺は、ルーナが自分を取り込もうとしているとは考えていなかった。


 派閥のトップに密談を要請されたのだから、取り入れようとしていると危惧するのが普通だろう。

 だが、ルーナは普通ではない。バカだ。


 能天気、アホ、バカ、天然。その言葉すべてが当てはまる。

 派閥争いでかなり勢力を削られているにもかかわらず、へらへらと笑って遊びなどに力を注ぐ。


 ぶっちゃけ、あれは勢力争いをするにはふさわしくない子供なのだ。身体は大人だけども。

 しょせん、反デニスの魔族たちに祭り上げられた神輿でしかない。


 この次代魔王争いは、間違いなくデニスが勝利するだろう。

 ほとんどの者がそう思っているに違いない。


【それはそれで困るんだがな……】

「休ませてくれそうにないもんな」


 心底困ったように唸るフラウ。

 次代の魔王は、現状デニスかルーナの二択となっている。


 もちろん、下克上やクーデターみたいなことが起これば別だが。

 で、デニスとルーナの派閥争いは、前者が圧倒的に優勢である。


 デニスが次の魔王になれば……俺、四天王をやめることってできるのか?

 めちゃくちゃこき使われて、すりつぶされそうである。


 あー……うまいこといかねえかな……。


【姫はいるか?】

「あ、暗黒騎士様……。す、すぐに姫をお呼びいたしますので、お待ちください……」


 魔王城の中の庭園。

 その近くに使用人がいたため、声をかければすぐさま飛び上がって去っていった。


 ……ちょっと声をかけただけなのに。


「すっごいビビられているな」


 楽し気に笑うフラウ。

 何が面白いんだ貴様。


 とはいえ、仕方ない。黒い瘴気を出した不愛想な騎士がいれば、誰だって近づきたくない。

 俺だってそうだ。


 こんな姿に自分から近づくのは、嘲笑するためのフラウ。殺しに来る勇者。研究対象として見ているユリア。

 そして……。


「あーんーこーくーきーしーさーまー!!」


 バカみたいに俺の腰に突っ込んでくるバカ姫ぐええええええええっ!?

 どういう原理か、地面と平行に突っ込んできたぞこいつ!?


 この鎧を着用している俺にダメージを与えるとか、どんなタックルしやがるこいつ……。


「痛いですわー!」


 頭を抱えるルーナ。

 学習しろよ!


「来てくれたんですのね! とっても嬉しいですわー!」


 すぐさま回復して再び抱き着いてくるルーナ。

 こいつ、メンタルと打たれ強さは鋼だったりするの?


 来てくれたもクソもないだろ。

 来なかったら来なかったで問題になるだろうが!


 お前は丸め込めそうだが、お前の下についている奴らがどんな考え方をするかわからんからな。

『ルーナ様の御誘いを無下にするなんて許せない! ぶっ殺してやる!』となれば、面倒この上ない。


 俺は敗北こそしたいものの、殺されたくはないのだ。


「あら? 別の御方もいらっしゃるんですの?」


 ルーナの目がフラウを捉える。

 まあ、一応誘われていたのは俺だけだからな。


 部外者がいれば、気になるのも当然だろう。

 とはいえ、適当に遊んで帰るだけなので、彼女がいて特に不都合ということはないはずだ。


「私は暗黒騎士様の副官を務めているフラウと申します。私の行動はすべて暗黒騎士様のご意志です」

「副官……。でしたら、セーフですわね!」


 少し考えるしぐさを見せるが、すぐにルーナはうなずく。

 ほらな。何だったら、フラウに相手をさせて俺は少しゆっくりしよう。


 ……フラウ。お前、何ちゃっかり俺にすべて擦り付けようとしてんの?


「わたくし、暗黒騎士様にお願いがあってお越しいただいたんですの」


 はいはい、遊ぶんだろ?

 さっさとやって、帰らせてくれ。


 そんな俺を見て、ルーナはにっこりと笑った。


「わたくしを、魔王にしてくださいまし!」


 ……ウェア?



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