第12話 脱げねええええ!!



「オオオオオオオ……!」

「ひいいいい! 完全にお化けだあああああ!!」


 全力疾走する俺。

 その背後をしつこく追い回してくるのは、身体もボロボロになっているアンデッドたちである。


 この地面を這いずり回る蛆虫にも劣る連中が、俺を追い回していた。

 ふざけんなよ……! 誰の許可を得て俺の背中を追いかけてんだよああん!?


 アンデッドは、この魔族の国ではそれほど珍しくはない。

 しかし、一切の知能を持たないアンデッドはいない。


 そいつらは文化的な生活を営むことができないため、適当に歩いては人を襲い、そして冒険者に殺される。

 つまり、そんな奴らを使役しているこの屋敷の主は本当にやばいわけで……。


 ちくしょう! 盗みに入る場所を間違えた!


「どこに逃げても無駄だ。この屋敷からお前だけは逃がさん」


 そんな声が届く。

 出入り口をうろうろしていて、俺を見つけたクソ野郎だ。


 ファッキュー。地獄に落ちろクソ野郎。


「わが主の商品と娯楽品を逃がした罪は、地獄の苦しみをもって償わせてやる」

「あいつら抜け出せたの!?」


 驚愕の真実に、俺は口から心臓が飛び出るくらいビビる。

 あの三人組、逃げ出せたのか!?


 どうなってやがる……。俺が教えたのは、反対方向。つまり、屋敷の奥へと向かう方向だったはずなのに……。

 たまたまそっちに出入り口があったのか?


 なんてことだ……。あいつら、俺の運気を吸い取っていきやがって……。

 俺を置いて逃げ出した三人組に絶望していると、どんどんとアンデッドとの距離が近づいてきていることに気づく。


 そりゃそうだ。俺は体力に限りがあるのに対し、あいつらは疲れ知らずだからな。

 はっはっはっ。


 ……笑いごとじゃねえんだよ! 真面目にやれ!!

 しかし、俺は確実に追い詰められていた。


 この屋敷の内部に詳しいのは間違いなく侵入者の俺よりも相手側だし、しかも疲れ知らずのアンデッドだ。

 どうしても俺は追い詰められていた。


 監禁、人身売買、拷問のスリーアウトの魔族だぞ? 絶対に捕まりたくない!

 必死に逃げ続ける俺は、一つの頑丈そうな扉を見つける。


「あそこだ!!」


 あれほど分厚そうな扉なら、少しは持ちこたえられそうだ。

 俺はそこに飛び込み、すぐさま扉を閉めた。


「はぁ、はぁ……。クソ……どうして俺がこんな目に……。世界がおかしい……」


 扉を背中にして、世界へ呪詛を吐く。

 俺みたいな至高の存在が、どうしてこんな苦しく不安な気持ちにならなければならないんだ……。


 息を整えながら、ようやく部屋の中を見ると……。


「ここは……武器庫か?」


 様々な武具が並べられていた。

 剣や槍。盾や鎧もある。


 ……これを使えば、アンデッドどもを倒し、このクソ屋敷から抜け出すことができるだろうか?


「……全部俺に使える気がしねえ」


 いや、冷静に考えて無理だな。

 俺、こんな武器とか振るったことないし、盾の使い方もさっぱりだ。


 鎧は着るだけだからまだいけるかもしれないが、鉄の塊なんて身にまとったら間違いなく足が遅くなる。自殺行為だ。

 ということで、ここにあるものは全部使えませーん。ざけんな。


「抜け道もないよなあ。……マジでどうするんだこれ」


 どうやら、ここは本当に武器庫のようだった。

 扉も入ってきたところしかなく、窓もないため抜け出すことはできそうにない。


『オオオオ……』

「ひぇ……」


 ドンドンと、鈍く扉をたたかれる。

 すぐさま決壊するほど軟な扉ではないようだが、いつまでもここに閉じこもっていられるわけではないと理解していた。


「どうするどうするどうする!?」


 必死に頭を巡らせる。

 改めて部屋の中を見渡すが、やはり武具だらけであり、今アンデッドたちが執拗にたたいてくる扉以外に抜け出せそうな場所は一切ない。


 クソ! 誰だ、こんなところに飛び込んだのは!


『オオオオオ……!』


 ついに、扉がゆがんで外の様子が拝めるようになる。

 そこから覗くのは、おぞましいアンデッドの顔である。ぶっさ!


「くっ、くそおおおお!!」


 俺はそんなむなしい声を張り上げるのであった。











 ◆



「さっさとこじ開けろ。多少の損壊は気にするな。扉も、お前たちの身体もな」


 強固な扉の前に立つのは、この屋敷の管理を任されているグランディーだ。

 その彼の目の前にいるのは、主から渡されているアンデッドたち。


 知性がまったくない彼らは、ただ命令されたことに従う。

 そのため、本来カギがなければ決して開けられない鋼鉄の扉も、自身の身体が壊れながら打ち続ける。


 次第に扉がゆがんでいき、壊れて中に入ることができるだろう。

 ブシュブシュと身体が壊れるほどの力を発揮し、普通ならとてつもない苦痛に苦しむだろうが、アンデッドたちは引き続き扉をたたき続ける。


「まったく……愚かな。この屋敷を誰が所有しているのか知らないのか? あまつさえ、捕らえていた連中を逃がすとは……とんでもない正義感の持ち主がいたものだ」


 ため息をつくグランディー。

 この屋敷の主を知らないなんてことはないだろう。


 なにせ、かの有名な魔王軍四天王の一人が主なのだから。

 だからこそ、治安の悪いスラムのすぐ近くにあったとしても、決して誰も手出しはしなかった。


 なぜなら、報復で必ず殺されてしまうからである。

 それなのに、侵入者は捕らえられていた人を助け出した。


 自身の危険を顧みず、だ。

 それは、蛮勇ということができるだろう。


 少なくとも、魔王軍四天王にかなうわけがないのだから。


「お前だけは逃がすわけにはいかない。俺もただでは済まないが、お前を逃がさなければ殺されることはないだろうからな」


 そして、その四天王の脅威に怯えているのは、グランディーも同じである。

 間違いなく、自分は『罰』を受けるだろう。


 しかし、もしあの侵入者も逃がしてしまえば……ただの罰では終わらない。

 確実に殺されてしまうだろう。


 ギリギリと歯を強く自然と食いしばってしまう。

 口の中が切れ、血が流れる。


「はぁ……生きてきたことを後悔させてやるぞ、クソ野郎……!」


 グランディーの顔が鬼のように変貌する。

 いや、鬼そのものだ。


 彼の種族はオーガ。近接戦闘においては、魔族の中でもトップクラスの実力を誇る物理戦闘最強の種族だった。

 そんな彼をも恐れさせる魔王軍四天王。


 その力の強大さがわかるだろう。

 そんなことを考えていた時、ついに扉がこじ開けられる。


「よし、入れ。武器庫の出口はそこだけだ。逃げ場はない」


 屋敷内のことは、すべて頭に入っている。

 この武器庫に、逃げ場はない。


 一つの出入り口を塞いでいれば、必ずあの侵入者は目の前に現れる。

 そのはずなのに……。


「バカな……どうしていない!? ここ以外に抜け出す場所はないはずだ!」


 ずっと待っていても……アンデッドたちに武器庫の中を探らせても、その侵入者の姿はなかった。

 ありえない。アンデッドたちの生者を探る能力はとても高い。


 それなのに、一体たりともその匂いをかぎ分けることができていない。

 グランディーも中に入るが……やはり、その姿はない。


 どこに……。自分の知らない出入り口があるのか?

 いや、そんなはずは……。


 そのように考えを巡らせていたグランディーの目に、一つのものが目に入る。


「……まさか」


 目に映ったのは、鎧だ。

 黒く、武骨で、冷たい鎧。


 しかし、これは普通の鎧ではない。

 いわくつきの……あの魔王軍四天王の主でさえも、触れることすら許されない恐ろしいものだ。


 どの武器の影にもいない侵入者。

 だとすると、最後に残されたのは、あの鎧甲冑だ。


 あれを着れば、自分の目をごまかすことはできるだろう。

 だが、グランディーはすぐに首を横に振る。


「いや、そんなはずはない。あれは、触れただけで発狂死するとんでもない鎧だ」


 ありえないのだ、そんなことは。

 あの鎧は、着用どころか触れることすら許さない。


 触れた瞬間、その者の脳は焼ききれ、正常な思考をすることは二度とできなくなる。

 四天王でさえ解除できない、呪いの道具なのだ。


 それを、ただの薄汚いスラムの侵入者が着用するなど、ありえないことだ。


「…………」


 だが……だとしたら、あの侵入者はどこに消えた?

 もはや、残っている場所はここしかないのである。


 ありえないとは、今でも思っている。

 だから、これは意味のない確認だ。


 自分でそう思いながら、微動だにしない鎧に近づいていき……それが、動いた。


「なっ、なななな……っ!?」


 目の前でゆっくりと動く鎧に、グランディーは目を見開く。

 ありえない! ありえない!


 四天王でさえ触れることのできない鎧を、あんな薄汚いスラムの男が……!?

 しかし、現に鎧は動いている。


 ゴウッ! と武器庫の中を吹き荒れる黒い瘴気。

 近づいていたアンデッドたちは、それだけで吹き飛ばされる。


 丁寧に並べられていた武具が、ガラガラと音を立てて崩れていく。

 そして、圧倒的な死の圧力。


 力に自負のあるグランディーでさえも動けなくなるほどの質量。

 ガシャリ、ガシャリと音を立てて鎧が近づいてくる。


「そ、んな……。この圧力、あの方を超えて……!?」


 魔王軍四天王の主と比べ、それ以上のものを感じ取り、大量の冷や汗を流す。

 目の前に立つのは、巨躯の自分を軽く超えるほどの大きさだった。


 侵入者は、あれほどの高さはなかったというのに、どのように動かしているのだろうか。

 そんなのんきな考えが頭に浮かび……。


「がっ!?」


 グランディーの顔面に、鎧に包まれた拳がめり込む。

 軽く100キロを超す体重なのに、宙に浮かんで壁に激突する。


 その一撃で、意識を刈り取られていた。


【――――――さらばだ】


 鎧は……のちに、魔王軍四天王最強の男となる暗黒騎士は、堂々と歩いて去っていくのであった。











【ぐおおおおおおお!? 脱げねえええええええええええ!!】

「あははははははっ!!」


 必死に鎧を脱ごうとしてもがく暗黒騎士を笑うフラウの声が、響き渡るのであった。


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