第11話 ほらな



「どぉもぉ……。時刻は夜。私は今、怪しい大きな邸宅に侵入していまぁすぅ……」


 俺は邸宅の廊下を、足音を立てないように歩きながら馬鹿らしいことを言っていた。

 こんなこと、絶対に言う必要はない。


 ないのだが……こんな風にバカにしていないと、怖すぎるんだよここ!

 まず、暗い。


 明かりがまったくない。どういうことなの……?

 そして、人けがない。まったくない。


 侵入してから少し時間が経っているが、いまだに一人とも遭遇していないどころか、足音すら聞こえてこない。

 そんなに深夜じゃないぞ……?


 まだ普通に起きている時間だろ?


「やべぇ……。絶対入るところ間違えたわ。もう出たい……」


 なんだったら、警備の人がいてくれた方がありがたかった。

 そっちの方が危険だが、まだ対応のしようがある。


 だが、こうも何もないと……どうしていいのかわからなくなる。

 最善策は、さっさとこの邸宅を後にすることだろうが……。


「ただ、何の成果もなく帰るのはなぁ……」


 せっかく危険を冒して侵入に成功したのだ。

 ならば、何か成果を持ち帰りたいと思うのが当然だろう。


「もう少しだけ、探してみるか。人の気配もほとんどしないし」


 一つ、成果があればすぐに帰ろう。

 そう考えて、俺は邸宅内を歩き始める。


 やはり、これだけ歩いても、人と遭遇することはなかった。

 人というか、魔族だろうが……まあ、どうでもいい。


 うーん……金目のものもないし、もしかしてここは廃墟だったりするのか?

 だとしたら、人の気配がないことも理解できる。


 ……もしそうなのであれば、俺ダサすぎないか?

 誰もいないところで、戦々恐々としてゆっくりと歩き回る俺。


 ……いやあ! 見ないでぇ!

 そんなことを考えていた、その時だった。


「おい」

「ひぇっ」


 声をかけられる。

 重々しい男の声だ。


 廃墟なんじゃなかったのか!?

 誰だよ廃墟とか言っていたの。ぶっ殺すぞ。


 恐る恐る振り返れば……そこには、檻に閉じ込められた男がいた。

 ……檻?


「お前……どうやって抜け出した……?」

「は? 抜け出したって……」


 痩せた男は柵を握りしめ、顔をかなり近づけて話しかけてくる。

 くっさ。スラム住人の俺よりくさいってどうなの?


「教えろ。お前だけずるいだろうが」

「えぇ……」


 なにこの人……。

 まさか、俺がお前と同レベルだとでも思ってんの?


 むかつくわぁ……。


「お願い! 教えてちょうだい! 売られたくないの!」

「もうこんなところにいたくないんだ! 次は、僕が殺されるかもしれない!」

「えぇ……」


 そんなことを考えていれば、さらに男のほかにも二人飛び出してくる。

 ガシャン! と高く鉄柵がなるので、マジでビビった。


 二人とも、幽鬼のような顔で、しかも必死さがあるため、正直怖い。

 売られる? 殺される?


 もうとんでもない言葉がさっきから飛び出してるんだけど……。

 売られるって言ったのは女で、殺されるといったのは男だ。


「さっきからこいつ同じ言葉しか言ってねえぞ。大丈夫か?」


 怪訝そうに俺を見る痩せた男。

 お前らを見て、「えぇ……」以外の感想が出るんだったら教えてほしいくらいだわ。


 いきなり薄汚い奴らが三人も現れて、助けろと懇願してくるんだぞ。怖いわ。


「いや、別に俺は抜け出したわけじゃないんだって。外から来たから」


 この檻の抜け出す方法なんて微塵も知らない。

 っていうか、無理だろ。どうやって開けるんだよ。


「そんなのは、もうどうでもいい! 俺たちを出してくれ!」

「ちょっ……! あんまり大きい声を出していたら、見つかるだろうが!」


 どうでもいいわけねえだろうが!

 ガシャガシャ檻を鳴らすな!


 いまだに屋敷の住人に出会っていないが、こいつらを閉じ込めて不穏なことを口走らせるような奴である。

 まったくかかわりあいたくないし、侵入していることもばれたくない。


 もう今、すごく逃げたい。


「だいたい、そこを開けるなんてどうやって……」


 そう、無理だ。

 仮に俺がその気になったとしても、この檻を開ける方法がない。


 強い力や魔法を使えるならまだしも、俺にそんなことできないしな。ふふん。


「そこにカギがある」

「ガバガバかな?」


 男が指さした方向には、無造作にカギが置かれてあった。

 なんでここにあるんですかねぇ……。


 こいつらを閉じ込めている奴はバカなのか?


「俺たちに見えるように置いてあるんだよ。あれさえあれば、自由なのになって……俺たちをバカにして、絶望させようとしているんだ。最低な奴だよ」


 今にもつばを吐きそうなほど忌々しそうな顔をする男。

 思っていたよりもひどい理由で泣きそう。


 人を檻に閉じ込める。人身売買。拷問。

 スリーアウトですね。関わりたくないです……。


「えー……でもなぁ……」


 カギはある。

 こいつらを檻から出すことは可能だ。


 しかし……。


「俺こんなに危険なことするのに、得られるものがなぁ……。うーん……」

「こいつ、自分の優位性を悟ったとたんにふてぶてしくなりやがった!」


 ん? ふてぶてしい? そんなこと言っちゃっていいの?

 君たちを出すかどうかは誰が決めるの? 生殺与奪権は誰が握っているの?


「いいから助けてくれよ!」

「あーはん? そんな口の利き方をしてもいいわけ? いいの? 逃げちゃうよ? この鍵放り投げて逃げちゃうよ?」

「くっ……!」


 悔し気に俺をにらみつける男たち。

 ふっ……視線が心地いい。


 普段だったらこのような視線を向けられるのは怖い。

 恨まれて後々報復されたらやばいからな。


 だが、こいつらは報復の手段がない。

 そもそも、自由がないわけだからな。


 だからこそ、俺はこうして大きく出ることができる。

 よし、もうちょっとごねて、金銭などの対価をもらえるようにし……。


「いいから黙ってさっさと開けろや。今ここで大声を出してあんたのことをあいつに教えてやってもいいのよ」

「開けます」

「屈服はや」


 クソ女め……! なんて非道なことを……。

 本当に魔族か? 俺みたいな善良な魔族を陥れようとしやがって……!


 腹が立つ。女の思う通りに動かされるのは非常に癪だ。

 だが、監禁、人身売買、拷問するような奴に、俺という存在がいることを知られたくない!


 その思いから、俺は泣く泣く檻のカギを開けるのであった。


「助かった。礼を……言いたくないなぁ、お前に」


 檻から出た男が、あきれたような目を俺に向けてくる。

 なんでや! ちゃんと助けたったやろ!


「ぺっ」


 女には、あからさまにつばを吐かれる。

 …………。


 助けてやったのに……。なんだこの仕打ちは……。

 もう二度と人助けなんてしない。


 メリットがあるかまずは考えてから行動する……。


「道わからねえんだったら、あっちから逃げた方がいいぜ」

「え……」


 そんなことを考えている俺は、なんと親切にも三人に道しるべを示してやる。

 男が驚いたように俺を見る。


 やれやれ。性格も見た目もいい完璧超人を初めて見たのかな?

 照れるぜ。


「あんたの言うことなんか信用できないわ。微塵も。これっぽっちも」


 女の懐疑的な目と言葉が俺を貫く。

 なんだこいつ……。俺が何をしたっていうんだ……。


「別に、信じるか信じないかはお前ら次第だよ。ここの地理に詳しいんだったら、好きにしろよ。俺は外から来たから、少なくともここまで安全に来られた道は知っているがな」

「…………っ」


 苦虫をかみつぶしたような顔をする女。

 その反応から見ると、こいつらもこの屋敷の中を網羅しているわけではないようだ。


 となると、外から来た俺の言葉は無視できない。

 俺が通った道を通れば、確実に出口へと続いているからである。


「……信じる。なんだかんだ言って、お前は俺たちを助けてくれたからな」

「……悪かったわよ。感謝しているわ」


 男が決断すれば、女もこちらに謝罪と感謝を伝えてくる。

 彼女も、かなり過酷な環境に置かれていたため、すさんでいたのだろう。


 許さん。


「ふっ……礼なんていらねえよ。ほら、さっさと行け」


 しかし、俺はにっこり笑顔を浮かべる。

 なんていい男だろうか。心酔するわ。


「あなたは?」

「俺には、俺の目的があってここにきているんだ。それを果たしてからじゃないと、出られん」


 俺はきりっと顔を作る。

 強い使命感に燃えているように見えるだろう。


 とくに、ここの屋敷の主はクズ野郎のようだから、俺はまさに義憤に燃える男のように見えるかもしれない。

 ……盗みに入っただけなんだけど。


「そうか。ふっ……また会うこともあるだろ、じゃあな」

「あ、ありがとうございました!」

「……またね」


 俺が解放してやった男たちは、それぞれ別れの言葉や感謝の言葉を述べて、俺の指さした方向へと向かって行った。

 ツンツンな女も、最後にはデレていた。うれしくない。


 まあ、感謝されることはうれしい。


「ふっ……」


 俺は笑みを浮かべていた。

 そう、嘲りのな!


 またなんてねえよ馬鹿め!

 俺が指し示したのは、俺が行ったことのない場所……。


 つまり、俺の侵入経路の真逆だぁ!

 お前らには、おとりになってもらう。


 もはや、ここで盗みをするつもりは毛頭なかった。

 スリーアウトの邸宅で狼藉を働くことができるほど、俺は図太くなかった。


 さて、さっさとこのクソみたいな場所から退散させてもらうとするか。

 そうして、俺は出口へと向かい……。


「いいか。侵入者は必ずここに戻ってくる。ああいう輩は、同じ場所から出入りする。だから……ほらな」


 俺が侵入した場所をうろうろしていたアンデッドのおぞましい目が、こちらを向いていた。

 ひぇ……。



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