第18話 負けるやんけ!



「まさか、お前があのバカ姫の下につくとはな。何しているんだ。私を巻き込むなよ」


 たとえ、何が起きてもお前だけは道連れにする。

 ルーナとの会合が終わり、家へと戻っている道中で、フラウが声をかけてくる。


 あれ、バカ姫って呼べるもんじゃないだろ……。

 超冷酷☆魔族繁栄絶対成し遂げるマシーンだぞ。


 そもそも、お前もバカなんだから人様にバカって言うなよ。

 バカ姫の下につくのは泥船だったから嫌だったが、あの状態のルーナならばいい。


 勢力図的には圧倒的に不利だが、そう簡単に押しつぶされることはなさそうだ。

 それだけの迫力と能力があった。


「しかし、バカ姫の変貌には驚いたな。あんな本性を、よくずっと隠してバカをふるまっていられるものだ」

【その言葉には激しく同意する】


 人は、大小の程度こそあれ、本音と建て前を使い分けている。

 すなわち、本当の自分ではない自分を演じている部分があるだろう。


 しかし、それを四六時中、一切の気を抜かずにやり抜くことは不可能だと、俺は思う。

 できるやつがいるとすれば、それは狂人だ。


 俺はもちろん、他人の心をうかがうことに特化している者も魔族には存在する。

 それらをもだましていたとなると、もうそれは演技ではなくもう一つの人格だと言っていいかもしれない。


 二つの人格を、自由自在に切り替えることができる。

 そんなルーナは、狂人の類であることは間違いない。


 何より、自分を優先しないということに、俺は恐ろしさを感じていた。

 まるで、機械だ。


 こうあれと、こうすることこそが存在理由だと言わんばかりの、強迫観念にも似た強烈な思考は、俺には到底理解できない境地にあった。


「じゃあ、なんでそんな子の下につくのだ? 私に不利益が起きたら許さんぞ」


 不思議そうにこちらを見上げてくるフラウ。

 こいつ、一度見逃して命を助けてやってからというものの、調子に乗り出しているな……。


 今度、オークの巣に放り込んでみよう。


【まあ、いろいろ理由はあるけどなあ】


 まず、これ以上派閥争いに無関心でいることは、少々難しくなっていること。

 いくら暗黒騎士が避けられているとはいえ、四天王である。


 これほど高い地位にいれば、無視されるはずもないのだ。

 一人でも大きな影響力と力を持つ四天王を一人でも多く吸収できた派閥が優位になることは、言うまでもないことだからである。


 派閥争いも佳境になればなるほど、俺は関与せざるを得なくなるだろう。

 どっちつかずのコウモリが、一番嫌われる危険な立ち位置である。


 俺は敗北したいものの、暗殺とかされるのはごめんである。

 暗黒騎士が負けると喧伝されるためには、力と力の激突で、正面からの戦いで敗北しなければならない。


 少なくとも、暗殺はお断りなのである。


「それだけか?」

【まだあるだろと言わんばかりの声音だな】


 もちろん、あるが。

 あとは、デニスに魔王になられるのは面倒だということだ。


 俺はルーナと違って魔族の繁栄とかどうでもいいのだが、ある程度の勢力は維持してもらわないと困る。

 実際にどれほどの力を持っているのか、俺はデニスのことをそれほど理解していないのだが、ルーナがあれほど愚物とこき下ろす人物だ。期待はできない。


 もし、デニスが率いて魔族が敗北し、人類が世界を支配したら俺は生きづらすぎる。

 この鎧があれば人間に偽装することもできるだろうが、あの勇者も俺のこと知っていたしなあ。


 ちょっと有名になりすぎている。

 ……勇者にロックオンされていないよな? 怖くなってきた。


「ほうほう」


 そして、何よりも、四天王を退職できるかどうか。

 これである。


 デニスが魔王になった場合は無理だろう。絶対すりつぶす勢いでこき使われる。

 一方で、ルーナとは契約を交わし、一つの要求をのませることはすでに確約されてある。


 それこそが、四天王の退職である!

 つまり、俺は最大の目的である『四天王の退職』と『鎧の解除』のうち、前者はすでに成し遂げたと言っていい。


 これらのことから、俺はデニスではなくルーナを支援することに決めたのである。

 ……大体、人類とまた小競り合いをしているのに、内輪もめなんかしてんじゃねえよ。


「結局自分のこと優先だな。知ってたけど」


 当たり前だよなぁ。

 俺はルーナとは違う。絶対に自分が最優先である。


 俺が犠牲の上に成り立つ世界なんて許されない。滅べ。

 ……というか、初対面で生き延びるために人類を売ろうとしたお前が言うな。


「でも、勝てると思うか? 今、デニスの勢力の方が圧倒的に強いし大きいぞ」


 フラウはそう問いかけてくる。

 不利と見たら、隙を見て逃げ出すつもりだろう。


 逃がさんがな。

 とはいえ、確かにそうだ。


 戦いは数である。弱者が団結すれば、強者とも互角に渡り合うことができる。

 派閥争いでは、デニス率いる主流派の方が圧倒的多数である。


 しかし、その数をものともしないのが、俺を除く四天王である。


「自分は除外するのはさすがだな」


 別に、俺は強くないしな。鎧が化物なだけで。

 ……あれだけ激しく動くのに、俺の身体は大丈夫なのだろうか?


 鎧を脱ぐことができたら全身複雑骨折とか死ぬぞ。

 さて、話を戻すが、主流派にもオットーがいるが、こちらにはトニオがいる。


 クソガキ勇者に負けたトニオだが、実力的には十分強者である。

 あいつに全部頑張らせて、俺はルーナの近くにでもいて、適当に恩を売っておこう。


 間違っても、要求を一つ飲むという契約を違わせぬように。

 ふっ……完璧で緻密な作戦だ。自分の有能さが恐ろしい。


 俺は笑みを隠し切れなかった。


「そんな風にうまくいったらいいな」


 不穏なこと言ってんじゃねえよ。

 いくんだよ。てか、いけ。


 俺は頭上に輝く星々に、そう願いを届けるのであった。











 なお、この数時間後、トニオが血みどろで倒れていたと知り、内心絶叫するのであった。

 派閥争い負けるやんけ!



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