第6話 全員集合



 魔王城玉座の間。

 魔族の統括者である魔王が座すこの場所は、本来であれば静謐の保たれた厳かな場である。


 しかし、とある場合にのみ、ここは非常にやかましく、そして殺意と敵意が渦巻くおぞましい場へと変貌する。

 ズガン! と重たい破砕音が響き渡る。


 それを聞いて、魔王城に勤める使用人たちは震え上がる。

 ただただ、その脅威が自分たちに向かわないことを祈って。


 魔王城に勤める魔族たちは、エリートである。

 みんな、それぞれ最低限魔王やその家族を護衛することができるだけの力は持っている。


 だが、その力を行使しても、暴れまわる【彼ら】には一切かなわないだろう。

 だから、震えて小さくなるしかないのだ。


 決して、こちらにその害意が向けられないことを祈って。


「なんだとてめぇ! もう一度言ってみろ!!」

「何度でも言ってやろう。貴様は魔王軍四天王の面汚しだと言ったのだ」


 玉座の間。

 魔王が座す場所だが、まだその魔王は姿を現していない。


 この場にいるのは、三人。

 傷だらけの様子で、ところどころに包帯が巻かれて怒りをあらわにしている男が、トニオ。


 そんな彼を挑発するように冷たく笑う男が、オットー。

 そして、我関せずと、彼らに目も向けない女がメビウス。


 彼らは魔王軍最高戦力である四天王と称される者たちであった。

 だからこそ、魔王城に勤める魔族たちは、この場に割って入ることはできない。


 たとえ、この城が全壊するような事態に発展しかねなかったとしても、だ。

 自分たちが最高戦力にかなうはずもない。


 そんな魔族たちの諦観など知らず、トニオとオットーは口論を加速させる。


「人間の……それも、小娘に敗北しただと? よくもまあぬけぬけと魔王陛下の前に顔を出せたものだな。私なら、恥ずかしくて自決している」

「ただのガキじゃねえ! 俺たちの最大の敵である勇者だ!」


 声を張り上げるトニオ。

 そうだ。ただの人間に敗北したなんて勘違いをされては困る。


 なぜなら、自分と戦ったあの少女は、人類の希望にして最高戦力である【勇者】なのだから。

 魔王と同等の存在であり、古の歴史より魔族の大敵。


 伝説上の存在と戦い、そして自分は生きている。

 何もオットーからの賞賛なんて必要ないが、誹謗中傷を受ける義理もまったくなかった。


 しかし、オットーは嘲笑を深める。


「勇者であろうと、変わらん。まだ20年も生きていない人間に負け、しっぽを振って逃げてくるとは……情けない。何よりも腹立たしいのは、貴様のせいで四天王の名声が陰りを生んだことだ。貴様みたいな連中ばかりだと思われれば、舐められても仕方ないがな」


 四天王は、魔王軍最高戦力だ。

 それゆえに、オットーにはプライドがあった。


 四天王と聞けば、人間たちが泣き叫び、恐怖に震えて逃げ出す。

 それほどのネームバリューがあった。


 だというのに、目の前のトニオは人間のガキに倒され、おめおめと逃げかえっている。

 そんなことをすれば、人間たちが付け上がり、勢いに乗るのも道理だ。


 しかも、見た目がまずい。

 見た目もいかつく、醜悪なトニオ。


 一方で、勇者は見目麗しく、しかも少女だ。

 少女に負ける程度の力しかない四天王と称されれば、オットーは我慢できない。


 だからこそ、こうまでも苛烈にトニオを責め立てるのである。


「もういい。てめえはここでぶっ殺してやる!」

「やってみろ、雑魚が」


 ついに我慢の限界が訪れたトニオが、荒々しく吠える。

 オットーも一歩も引くことはなく、呼応するように立ち上がる。


 魔王軍四天王同士のいざこざ。

 元より、お世辞にも仲がいい、仲間、などということはできない間柄であるが、ここまで切迫したものは久しぶりだ。


 玉座の間にいた使用人たちは慌てて逃げ出す。


「……めんどくさ」


 つまらなそうに流し目でちらりと視線を向け、すぐにそっぽを向いて我関せずを貫くのはメビウスである。

 この二人のいざこざなど、まったく興味がない。


 四天王なんて地位にも興味がなければ、天敵となりうる勇者にも、だ。

 心底どうでもいい。


 今回も、四天王が全員招集されなければ、彼女はここにはいなかっただろう。

 うるさいのは、面倒だ。


 静かな方がいい。

 そんなことをメビウスが考えていれば、重たい金属音が響いてきた。


 ガシャリ、ガシャリ。

 その音を聞いて、オットーとトニオは一触即発といった雰囲気はそのままだが、衝突することはなくなった。


 一切些事に興味を示さないメビウスでさえ、そちらに目を向けた。


「……ちっ!」


 玉座の間に新しく入ってきた者を見て、トニオは舌打ちをする。

 入ってきたのは、魔王軍四天王最後の一人。


 黒い瘴気を立ち昇らせ、近くにいた使用人が失神する。

 魔王軍最強戦力、暗黒騎士。


 彼が、玉座の間にゆっくりと現れたのであった。











 ◆



 なんでこいつらがいるんですかねぇ……。

 俺は玉座の間にいる三人を見て、心の底から絶望した。


 いたのは、俺と同じ四天王。

 今のところ、最も会いたくない連中である。


 まあ、ほかのやつらとも顔を合わせたくないんだけどな。

 だいたい俺に用があったり絡んだりしてくる奴らは、俺にとって不都合な奴ばっかだ。


 はぁ……帰りたい……。

 帰ってもフラウいるからあれだけど、帰りたい……。


「ひどく遅い登場だな。何様だ、暗黒騎士」

【…………】


 ぎろりとにらみつけてくるのは……誰だっけ?

 なんか四天王の……おっとっとさんだっけ?


 敵意を強くにじませ、俺をにらみつけてきていた。

 こっわ。


 こっわいけど……何俺のことにらみつけてくれてんの? 死ねよ。

 俺が何かやるのは怖いから嫌だけど、この世界に満ちているすべての不幸が一瞬だけこいつにすべて降りかかるようにしてほしい。


 世界の悪意をこいつに全部ぶつけてほしい。


「……ふん。無視か。相変わらず不愛想な奴だ。実力がなければ、貴様みたいな不快な奴が四天王になることはなかっただろうな」


 そんな願望を本気で祈っていたため、おっとっとさんのことを無視する形になってしまった。

 申し訳ない……。でも、お前に愛想を振りまいてもメリットないから……。


 それに、実力がなければって……。

 実力があるから四天王じゃないの? お前がどれほど強いかはわからないけど、いまだに俺を負かせていない時点で価値ゼロだわ。


 てか、四天王なんてこっちから願い下げだわ。

 誰が一度でも四天王をやりたいって言ったよ。


 どうせ、勇者に皆殺しにされる負け確チームじゃん。やる気ナッシングなんだよなあ。


「……一度もこいつに勝てたことないくせに、ずいぶんと偉そうだな。威勢だけがいいのはお前じゃねえのか?」

「なんだと? 人間風情に負けた雑魚が。貴様から処分してやってもいいんだぞ」

「上等だ!!」


 俺が一向に応えずにいると、なぜかもう一人の四天王がおっとっとさんに突っかかっていた。

 まあ、ありがたいからいいんだけどね。


 勝手に喧嘩していてください。俺に迷惑が掛からない程度にな。

 はぁ……だから嫌なんだよ、四天王って。


 頭悪い奴ばっかじゃん。俺を見習えよ。

 こういう場には、フラウも来ない。


 あいつ、マジでずるいわ。

 危機管理能力高い。


 ……いや、四天王が集まるとなれば、こんな感じになるということは簡単に予想できるんですけどね。

 帰りたい。


 魔王軍四天王。

 トニオ、オットー、メビウス、そして遺憾ながら俺。


 自分で言うのもなんだが、こいつらみんな仲わっるいんだよなあ。

 なんていうんだろう……。生理的に受け付けない連中が、集まっちゃった感じ。


 まさにそれなんだよな。

 たとえ、相手が正しいことを言っていても、生理的に受け付けないから否定して口論になる。


 口論ならまだ優しいものだ。

 殺し合いにすら発展するし、無駄に能力が高いから周りの被害もひどい。


 基本的に、ぶつかり合うのはトニオとオットーなんだけどな。

 俺は当然のことながら、そういうのは怖いから逃げるし……。


「……なに?」


 もう一人の四天王であるメビウスに目を向ける。

 こいつも、あまり荒事には参戦しない。


 いや、積極的だったらもうとんでもないことになるけどね。

 勇者に皆殺しにされる前に、同士討ちで全滅しそう。


 で、俺がメビウスを見ている理由だが……。

 止めろや。お前も四天王(笑)だろ。どうにかしろ。


 戦いの余波で俺が危ない。

 そのことだけを伝えたいのである。


 なんとかしろや。

 そんな視線を向けていれば、少し考える様子を見せるメビウス。


 そして、得心がいったとばかりにポンと両手を合わせると、眉根を寄せて頭を下げてきた。


「……そういうのはちょっと。面倒くさいし」


 ……え?

 なんか俺振られた?


 ちょっと泣きそう……じゃねえよ!

 だぁれがテメエなんかに興味出すか! 四天王の女とか怖いわ!


 兜越しではあるが、ジーッとメビウスをにらみつけていれば、彼女も負けじと見返してくる。

 お? やんのか?


 一瞬で返り血まみれにしてやんよ。

 しかし、彼女はだるそうに一触即発の雰囲気を醸し出しているトニオとオットーを指さした。


「……あれ、止めてきて。巻き込まれたら面倒だし」


 この俺に命令?

 不敬ですねぇ……。


 何様かな? お前が止めてこいや。


「……胸くらいだったら触らせてあげるから」


 任せろ。

 俺の身体はスッと立ち上がっていた。凛々しい。


 ……はっ! いや、違う! そうじゃない。

 クソ……! 仮に触ったとしても、俺の手には鎧がまとっている。


 つまり、柔らかさはまだしも、人肌の温かさはまったく感じられないのである。

 魅力半減!


 ちくしょうめ。メビウスの胸はかなり大きいと見ているのだが……。

 この呪いの鎧め! 早く外れろ!


「元気で結構なことだな、四天王諸君」


 そう心の底で血反吐を吐く勢いでののしっていれば、のんきな声音が聞こえてくる。

 四天王がいがみ合っている中、このように声をかけることができるのは、この魔王城でも限られている。


 そして、この男はその限られた者の一人。

 現れたのは、魔王の息子――――デニスであった。



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