第5話 敗北を知りたい
おかしい……。
どうしてこんなことになっているんだ……?
「きゃっ……!?」
ガキン! と耳障りな音が響く。
耳がいてえ……。
それよりも、腕にとてつもない衝撃が走り、めちゃくちゃしびれる。
それをなしたのが、目の前の華奢な女だということに、俺は戦慄する。
見た目は普通のガキなのに……こいつ、もしかしてトロールか?
剣を握るのも難しくなるほど、ビリビリしているんだが……。
地面を無様に転がることもなく、女は格好よくしゃがみ込み、俺をにらみつける。
アーハン? 俺をにらみつけるとか不敬じゃない?
てか、もっと格好悪く転がれよ。
なに格好つけてんだ。むかつくわー……。
「……まさか、ここまで強いとは。油断していたわけでも、楽観視していたわけでもありませんが……あなたは別格のようですね」
俺をにらみつけ、女は声を荒げる。
「魔王軍四天王、暗黒騎士!」
その名前に、俺は頬を引くつかせる。
頭部も鎧でおおわれているため、表情を見られることはないだろうが、心底嫌そうになっているだろう。
あ、暗黒騎士……。
その痛々しい名前を付けた奴は誰だ。ぶっ飛ばしてやる。
もちろん、俺にはちゃんとライアルという名前がある。
暗黒騎士とかいう痛々しい名前ではない。
子供が考えた妄想ストーリー主人公かな?
他人がそのような名前を使っていたら、俺は腹を抱えて笑ってやったのに、それが自分ならとてもじゃないが笑えない。
問題は、それがこの初対面の女にも知られているということである。
そ、そんなに有名なんですか?
「どうしてそれだけの強さがあるのに、人々を害するのですか? 強い者は、弱い者を庇護し導く責務があります。どうしてその責務を果たさないのですか?」
俺を油断なく見据えながら、ちゃんちゃらおかしいことを言ってくる女。
そんな責務ないんだよなぁ……。
一に俺で二に俺。三四も俺で、五も俺だ。
まず、俺。何が何でも俺。
俺が最優先だ。俺俺。
「……言葉だけでは、止まってくれないというわけですか。いいでしょう。そういう人を相手にするのは、初めてではありませんから」
すらりと剣を構える女。
ひぇ……。俺より明らかに年下なのに、めちゃくちゃ堂に入っている……。
今までちょっと戦っていたからわかるが、こいつめちゃくちゃ強いんだよな。
なんなのこいつ。
いきなり俺の前に現れたと思ったら、斬りかかってきやがって。
この通り魔め!
「私に負けたら、ちゃんと話を聞いてくださいね」
そういうと、女は姿を消し、一瞬で俺の前に現れて剣を振り上げていて……。
ひええええっ!
◆
【お前のせいで死にかけたんだが? どうしてくれるの? なんか目をつけられたみたいな感じなんだが?】
通り魔……という名の勇者を退けた後、俺はバカに問い詰める。
こちらを見上げてくるのは、フラウ。
俺がこういう性格だということを知っており、知っていてなおちょこまかとついてくるうっとうしい女だ。
いや、まあね。
見た目はいいから、普通なら喜ぶかもしれないよ?
だけどさあ、こいつ絶対ちょっかいかけてきてさあ……さっきみたいな通り魔を押し付けてくることが多々あるのだ。
もはや、不倶戴天の敵である。
「大丈夫だ。私にとって、このような事態は大歓迎だ」
俺にとって大丈夫じゃないから言っているんだけど?
しかも、大歓迎だと? お前の命を見逃してやった聖人をも超える慈悲深さを持つ俺に対して、なんていうことを……。
「お前は強いからな。私ではどうしようもできないし、勇者に倒してもらって解放してもらうことにした」
輝く笑顔は、他者をたやすく魅了するだろう。
残念ながら、俺は戦慄しかしなかった。
なんだこいつ……。
吐き気を催す邪悪とは、まさにこいつのことだ。
あの通り魔が勇者ということに、俺は先ほど愕然としたばかりだ。
魔王軍最大の敵を俺にぶつけてくるとか、心はないのか?
【……だが、まったく悪いというわけではないな。むしろ、ありがたいわ】
「……え? どうした? いじめすぎて頭悪くなっちゃったか? 頭撫でてあげようか?」
そうだ。むしろ、勇者を俺にけしかけてくれたことは、感謝……いや、感謝はしない。
やっぱり、しない。マジで死にかけたし。
あと、ぴょんぴょん目の前ではねて頭を撫でようとするな。
【ふっ……。少し考えてみれば、俺がこう言う理由がわかるさ】
「いや、分からん。お前は本当に分からん。分からんのだ」
分からない言いすぎだろ……。
まあ、完璧かつ世界に愛されるべきこの俺のことを理解することは不可能だろうがな。
意地汚いフラウには、なおさらである。
【なあ。なんで俺がこんなにがんじがらめになっていると思う?】
「そりゃあ、強いからだ。強くなかったら、ここまで注目されない」
【そうだ。その通りだ。遺憾ながら、俺は強い。完全無欠と言えるほどだ。もはや、敵なしだ】
「……自分で言うとか、ナルシストにもほどがあるな」
フラウはあきれたようにジト目を向けてくるが、これは事実だ。
俺は、強い。
もっと正確に言えば、『暗黒騎士が強い』のだが、まあそれは置いておこう。
【だが、この強さのせいで、俺は魔王軍四天王とかいうアホみたいな組織に与し、こうして勇者とかいうテロリストに命を狙われる羽目になっている】
「誰かに聞かれたら一発処刑だから気を付けろよ。お前が死ぬのは構わないが、一応副官になっている私にまで累が及べば最悪だ」
絶対にそういうことは避けるが、もしそうなったら何を犠牲にしてでもこいつを道連れにしよう。
普段から考えている決意を、さらに強く改めることにしたのであった。
そもそも、暗黒騎士を処刑できる者なんて、誰もいないだろう。
捕まるはずがない。
【だが、もし俺が負けたらどうだ?】
「……え?」
きょとんと俺を見上げるフラウ。
言われたことが理解できないらしいが、言っていることは簡単だ。
そう。俺がこのように面倒くさいことになっているのは、強さが原因だ。
まあ、俺自身じゃなくて、このクソ鎧のせいなのだが。
強いからこそ、魔王軍四天王なんかに置かれ、強いからこそ、勇者に目をつけられた。
【俺は無敵の暗黒騎士として知られている】
「自分で言っちゃうのか……」
【そのため、一度でも土がつけば、その求心力などは一気になくなる。いや、なくなれ】
「願望が混ざっているぞ」
さすがに負けたら興味を持たれることはなくなるし、四天王から外されるだろ。
いや、外せ。絶対に外せ。
この呪いの鎧を使えば誰だって暗黒騎士になれるんだから、代わりになれ。
【いいか、フラウ。俺は、敗北を知りたいんだ】
「うざ」
勇者でも何でもいい。
俺を、負けさせてくれ。
自身の敗北を、俺は切に願うのであった。
―――――――――――――――
もし面白いと思っていただければ、星評価やフォロー登録をしてもらえると嬉しいです!
―――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます