第7話 帰っていいですか?



「元気なのはいいが……あまり暴れんでくれよ? 俺の城が壊れてはかなわん」


 デニス。現魔王の息子である。

 基本的に、魔王という地位は、人間たちの王とは違って世襲していくというわけではない。


 もっとも力のある魔族が、その時代の王となる。

 ここでいう『力』とは、ただ単に武力というわけではないのだが……まあ、今は関係ないだろう。


 とにかく、今不敵な笑みを浮かべながらこの玉座の間に入ってきたのは、魔王の息子であるデニスだということだ。


「はっ。申し訳ありません」

「…………」


 いがみ合い、あと少しで殺し合いをしていたであろうオットーとトニオだが、二人は身体を離していさかいをやめていた。

 デニスには、それだけの力があるということだ。


 ぶっちゃけ、こいつ自身にどれほどの力があるのかは知らないが……。

 彼がこのように大きな顔をしていられるのも、この国の事情がある。


 今、この国……というより、魔王城の中では、二つの派閥ができている。

 一つは、デニス率いる派閥。


 もう一つは、魔王の娘が率いる派閥。

 魔王城ではこの二つの派閥に分かれて、絶賛権力闘争中なのである。迷惑だ。


 なに人間みたいなことしてんの? 君たち魔族じゃないの?

 もっと頭悪い感じで、武力衝突とかやってろよ。


 そうしたら、騒ぎに便乗して雲隠れできるのに……。

 もちろん、俺はどちらの派閥にも属していない。


 クソ面倒くさいし。メビウスではないが、こんなのに積極的に参戦する奴の気が知れない。

 そのため、あまり詳しく内容は知らないのだが、現状はデニス率いる派閥の方が優勢らしい。


 権力闘争にも本人が積極的だし、からめ手や強引な手と使い分けてうまく戦っているようだ。

 彼の味方になれば、いずれ魔王となった際に将来が約束されていることも、多くの人を引き付けているのだろう。


 これがある限り、俺がデニスの味方をすることはないわけだが。

 将来とか、むしろ放り捨ててくれ。


 で、だ。本当に面倒くさいのは、この派閥争いに四天王も関与しているということである。

 君たち、魔王軍の最高戦力なのに、何をしているの?


 いがみ合っていた二人で言うと、オットーがデニス派閥で、トニオが魔王の娘派閥である。

 オットーがそちらの派閥に入っている理由はわからないが、トニオの場合はオットーが気に食わないから、味方になりたくないから、敵対派閥に入っているだけである。


 お前ら仲悪すぎぃ!

 まあ、これはどうでもいい。


 正直、こいつらが殺しあって共倒れしてくれても、まったく問題ない。

 四天王辞められるから、むしろそうしてほしいくらいだ。


 だが、少し考えてみてほしい。

 どうして、魔王という頂点がいるのに、このような派閥ができているのか?


 その理由は、簡単だ。

『魔王が、魔王としてもはや成立しなくなっている』からである。


「父上。どうぞ、こちらへ」

「……ああ」


 厭らしい笑みを浮かべたデニスに誘導されるように現れたのは、やせぎすの男だった。

 それでも、身体から漂う魔力の質や量は、一般の魔族とは比べものにならない。


 いまだに魔王としての名残がある。

 魔王エドワール。魔族の頂点にして、人類の怨敵である。


 魔族は人間と比べて長寿なのだが、その中でもエドワールはとくに長生きである。

 なにせ、彼は『先代の勇者を殺している』。


 エドワールの前の魔王が勇者に殺された際、魔族は一気に勢力を押し込められ、今にもついえてしまいそうになっていたのだが、彼が先代勇者を殺して盛り返したことで、再び魔族は人類と拮抗する勢力になったのだ。

 つまり、英雄ともいえる。


 その英雄の今が、デニスに介助されなければ歩くこともままならない姿である。

 うーん……さすがにボケたか?


 いや、先代勇者との激しい戦闘により、その後遺症でこのようになってしまったというのがデニスの言だが……お前、毒とかもってないよな?

 魔王を傀儡として、自分が支配者になろうとしていないよな?


 いや、別にいいんだけどね。

 ただ怖いから、やっぱデニスはNGだわ。


 そんなことを考えていれば、エドワールはデニスの手によって、玉座に座っていた。


「さて、では久方ぶりの幹部会議を始めようか。僭越ながら俺が進行を務めさせていただく。最初の議題は、やはり勇者だろう。伝説上の存在が、ついに現れた。すでに、トニオは戦闘を行ったようだな」

「はい。あれは、かなり強い。間違いなく、俺たち魔族にとっての脅威です」


 幹部会議……まあ、魔王と四天王が集まって話をするというものだが、この場でも場を仕切っているのはデニスである。

 魔王後継者争いで、最有力候補であることは言うまでもない。


 そもそも、候補者は彼ともう一人しかいないのだから、最有力もくそもないのだが。

 話を振られたトニオは、所属派閥は違えどしっかりと報告する。


 うん。あのクソガキ、めちゃくちゃ強かったな。

 本当に人間かよと思うくらい強かった。


 このクソ鎧がなければ、一瞬で殺されていただろう。

 トニオが警戒を促すのは、何も不思議なことではないのだが……。


「ふむ……。だが、それでも人間風情に負けたことは、四天王として情けないなあ」

「ぐっ……!」


 デニスは厭らしい笑みを浮かべながら、トニオを皮肉った。

 ひぇぇ……。なんて性格の悪い……。


 俺の爪の垢でも煎じて飲むべきだろう。

 トニオが敵対派閥だからだろうなあ。


 おそらく、オットーが同じことをして同じことを言っていれば、このように嫌味なことは言わなかったはずだ。

 味方にならなければ、苛烈に責め立てる。


 これも、彼の派閥の数がもう一つの派閥を上回っている理由の一つだろう。

 怖い怖い。俺にかかわらないところでやってくれ。


「そうは思いませんか、父上」

「ああ……」


 デニスが厭らしいのは、魔王に追随させることである。

 敵対派閥のトップが言っていることなら、四天王という高い地位にいるトニオは、相手が魔王の息子でも言い返すことができただろう。


 世襲制の色が薄い魔族では、どちらが上かは明白ではない部分がある。

 しかし、魔王は違う。


 魔王は、確実に四天王の上に立つ存在だ。

 そんなエドワールに追随されてしまえば、トニオも苦々しい顔を浮かべることしかできない。


「お言葉ですが! かの勇者は非常に強かった。それこそ、俺でなかったら、誰だって殺されていた! 情報を持ち帰ってこれたことだけでも、十分でしょう! 前もって何ら情報をもらっていなかったんですから!」


 ……と思っていたが、プライドが高く沸点の低いトニオは、なんだかんだで言い返していた。

 まあ、的外れなことを言っているわけでもないしな。


 あのクソガキはめちゃくちゃ強かったし、四天王以外だったら抹殺されていたことだろう。

 そうすると、勇者がどのような能力や戦い方をするのかがわからなかった。


「ふうむ……。確かに、トニオの言うことにも一理ある。突如現れた人類の希望の象徴と戦い、命を落とさなかっただけでも、お前の力を証明することになるだろう」

「ふん……」


 トニオの言葉に一理あると見たのだろう。

 デニスがうなずいていた。


 満足そうに鼻を鳴らすトニオだが……忘れたのか?

 デニスは反吐が出るほどクソな性格だぞ?


「しかしなあ。もう一人の四天王が、勇者と相対して死なず……しかも、打ち勝っているからなあ。どうしても情けなく見えてしまう。なあ、暗黒騎士?」


 俺に振ってきた、だと……?

 こっち見んな。


 息を殺して空気に徹していた俺の気持ち、わからないの?


「ちっ……! テメエ、どうやってあのクソガキを倒した!?」


 トニオの殺気のこもった目が向けられる。

 心臓止まっちゃいそう……。


 俺は何もしてないんだよなあ……。

 この鎧が自動で撃退した。


 そう話したいのだが、こういう時に限って言葉に出せない。

 たまに、この鎧の仕業だろうが、思ったことを口にすることができなくなるのだ。


 絶望である。

 うおおおおおお! 頑張れ俺えええええええええ!


 ちゃんと喋って、トニオからの敵意を削減してくれええええええ!


【大したことは何もしていない。ただ、敵を打ち払ったのみだ】


 かっこいい! ふぅ~!

 ……でも、絶対この場所このタイミングで言うことじゃないよね!?


 ほらぁ。トニオが鬼の顔になってるぅ……。

 ちゃうねん。俺ちゃうねん。


 こんな偉そうなことを言うつもりはなかってん。信じてえな。


「頼もしい限りだな。俺の……いや、魔族のために、これからも力を発揮してくれ、暗黒騎士」


 トニオをいじめる口実がさらに増えたとばかりに、俺をほめたたえるデニス。

 嫌です……。


 早く辞めさせて。お願い。


「さて、勇者の対応だが、本来であれば戦力を結集し、いつ襲来するかもわからない勇者を待ち受けることが常套手段だが……お前たちにそれは無理だな」


 俺はともかく、四天王の力は絶大だ。

 勇者に負けたとされているトニオであるが、素の俺の1000倍は強い。


 まさしく、一騎当千の四天王が二人で行動していれば、勇者が再び現れても対処が可能だろう。

 しかし……。


「当たり前です」

「こっちから願い下げだ」

「……めんどくさい」


 絶対いやです……。

 全員が首を横に振った。


 俺も嫌だった。

 いや、わかるよ? 言っている意味は分かるし、最善策がそれだということもわかる。


 ぶっちゃけ、自分の命第一主義の俺も、かなり強い奴と一緒に行動するのはありがたさすら感じるほどだ。

 ……性格破綻者の四天王でさえなければなあ!


 何かと俺に突っかかってくるオットー。

 短期でいつ何が着火してブチ切れるかわからないトニオ。


 面倒くさがりで退廃的なメビウス。

 ……なんだこいつら。俺以外にまともな奴はいねえのか?


 そんなんだから、人類に押し込まれているんだぞ。関係ないか。


「ともかく、勇者の情報を集めねばならん。そして、やつが潜んでいる場所に、いずれかの四天王が出向き、抹殺する。これでいいですかな、父上?」

「……ああ」


 やせぎすの魔王がコクリとうなずいた。

 こいつ、「ああ……」しか言えないの?


 どんな楽な仕事だよ。俺と変われ。俺も適当にうなずいていたらちやほやされるような生活送りたい。


「では、次に呼び出すまで、各々……」


 そんなことを考えていたら、どうやら今回の幹部会議は終わりらしい。

 はあ……早く帰りたい……。


 自分だけ逃げたフラウのほっぺを思いきり引っ張りたい……。

 そんなことを考えていると、ドドド……と何かが急速接近してくる音が聞こえてくる。


 ……魔王や四天王が集まっている場所に、近づいてくる?

 そんな命知らず、いったい誰……。


「あーんーこーくーきーしーさーまー!!」


 はっ!? 殺気!?

 とっさに逃げようとするが、それよりも早くミサイルが突っ込んできた。


「どーん!!」


 ぎええええああああああああああ!?

 すさまじい衝撃を真横から受け、俺の背骨がボキリと悲鳴を上げた。


 それ出たらダメな音だろ! 何してくれてんねん!

 黒い瘴気が立ち上り続けている俺の鎧に抱き着いてくるとか、頭おかしいんじゃねえの!?


 腰痛めたらどうしてくれんだ!

 イライラしながら見下ろせば、真っ白な頭が見えた。


 ああ……白髪……。ストレスか加齢か……ご愁傷様です……。

 そいつは俺の顔を見上げて、にっこりと笑った。


「お久しぶりですわ、暗黒騎士様!」


 快活な笑みを浮かべているのは……魔王の娘やないですか……。

 デニスも頬を引きつらせている。


 対立派閥のトップ二人が、この場に立っていた。

 ……俺関係ないから、帰っていいですか?



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