学サー1-17

 ちょうど昼食後の三コマ目が空いていた。この時のこの騒動が僕の運命を変えてしまった。

 食べ終わった定食の膳を下げぬままスマホを眺めていた。暇潰しにSNSを徘徊するが情報は頭に残らない。これから取らされる行動も要領を得ない。

 あれだけごった返していた学生食堂も始業の鐘とともに人が引いた。みつきさんからの合図を待つ間、僕は冷水を四度もお代わりした。

 スマホが着信を知らせ、しかしそれは大翔からだった。

「おう、おつかれ。昨日結局行ったの? スパ銭」

 これからみつきさんに何かをやらされるというにこのタイミングでの着信にはムカつきを覚えた。大翔の口調はいつも軽い。や、良い奴なんだよ。そんな感情を抱く僕の性根しょうねの方がおかしいのは承知している。みつきさんは「合図をしたら後藤先生を訪ね封筒を渡せ」とだけ言った。「それだけで五千円の謝礼を渡す」とも。合図はまだ無い。そろそろのはずだ。信書を渡すならポストにでも入れたら良かろうに。簡単なメッセンジャーを勤めるだけだなんて話が旨すぎる。僕は何の片棒を担がされるのか。もしかして闇バイトでないのか。

「どうした。なんか元気ない?」

「大丈夫。スパ銭ね、行ったよ」

「マ? 今度また誘えよな」

「おけ。分かった」

「なんか本当に元気ねぇな」

 本当に良い奴なんだよ、大翔は。思えば先般のスムージーの時のことを詫びてもいない。それなのにこうしておもんぱかってくれる。たしかに彼の言った通りだ。僕は自己愛に縛られた我がまま小僧のままだ。自身の気分が落ち着かないからと通話相手に悪感情を向けるだなんて。

「や、大丈夫。ちょっと緊張することあって。ごめん」

「もしかして次テスト? すまん」

 結局なんの用事だったのだろう。大翔との通話を終える。そういえば前原先輩のことを聞いてみるべきだった。まさか上野の時と同じく失踪だなんてことは無いだろうが。奈々子の言葉が引っかかる。上野への出頭を促すビラはまだ掲示板に貼られたままある。彼はどこへ行ったのか。捜索願があって見つからぬのならやはり何かに巻き込まれてしまったのでないか。こうまで日が経ち、大翔は今も前言のままだろうか。聞いてみたい。しかし上野に悪い気がしてはばかられる。

 十四時きっかり、みつきさんから開始のサインが届く。僕は鳴るスマホの音だけを止め立ち上がった。講義中の時分であるから教員棟を歩く影もまばらだった。しまった。そういえば食器は片付けたのだっけか。蝉の音が窓を貫通し耳に至る。締め切られた廊下はむわっと湿気を抱え込む。僕は胸に手をやり呼吸を整えると、後藤先生の居室の戸を叩いた。

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