学サー1-6
日が完全に沈み切り自身の四肢の輪郭もぼやけ出す頃、意外な人物が訪れ「おや」と発した。
「君は新庄くんだったかな」
後藤先生だった。後藤先生が山高帽に手をかけ言葉をくれる。
「農学部の上野くんのお宅はこちらで合っているだろうか」
ポーチライトも無い暗がりにスーツ姿で現れるものだから、地べたに尻をつける僕からは白い上衣だけが夜に浮かんで見えた。そういえば次回提出のレポートに手をつけていない。気後れもあって言葉がうまく口を出ず、僕はただ頭を縦に振るだけで首肯した。
「そうか。どうも上野くんは不在のようだね。いや、なに、美咲くんから仔細伺ってね。ちょうど帰路でもあるから寄ってみたのだが、そうか、居ないのだね」
先生は鞄から煙草を取り出し、火をつける。
それを押し抱くようにし目を伏せる。まるで葬儀中のお焼香のように見え僕は思わず立ち上がった。先生の所作は厳かであり僕は見やるままあるしかなかった。黙礼はしばらく続く。少なくとも上野を嘲るわけでは無いようだった。この行動の意味は分からぬにせよ僕にはそう思われた。そのように思いたかっただけなのかもしれぬが。
「先生は、」
何をどう発するべきかも分からないまま口をついていた。
「後藤先生は、」
先生は目を開け煙草の火を革靴の裏で揉み消す。あたりに安居酒屋のような臭いが残る。初夏の青臭さは追いやられた。薄闇の中にあって後藤先生の眼光は鋭い。
「あの、来週のレポート、自信あります」
それについての返事は無い。代わり、
「
不思議な紙切れを寄越す。明かり少なく表面の紋様は判別がつかなかった。どうも人の形を模すよう切り抜かれたものであるらしい。僕はそれを財布の中に仕舞い込んだ。
後藤先生は早々に立ち去った。白いシャツが夜に溶ける様を見送り、上野も同様に闇へと消えるビジョンを描いてしまい僕は身震いした。待てども上野は戻って来ぬのだろう。僕はもう一度だけ連絡を図ってみる。呼び出し音が鳴れど応答さる気配は無い。
その夜、僕は夢を見た。悪夢だ。
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