五鍋目。めちゃくちゃとはちゃめちゃ

「アン姉!」

 ラーユの声が聞こえる。


「あれっ、ごめんなさい!首を切ってしまいましたわ……!大丈夫かしら、まだ生きているかしら⁉」

 そんな声もする。

 私の首を落とした張本人だろう。


「大丈夫だけど、できれば頭を戻してくれるとありがたいかな」

「わ、わかりましたわ!」

 案外素直な子だ。

 せっせと私の頭を運び、そして首に恐る恐るはめてくれた。


 ……わあ、自分のお尻が見える。


「ご、ごめんなさい、逆でしたわ……!」

「直してくれてありがとう」


 そんなごたごたが収まったとき、彼女は大きく頭を下げた。

「ほんっとにごめんなさい。危うく亡くなった状態で捕まえてしまうところでしたわ」

「もうなんか、突っ込みどころ満載なんだけど」

 もしかして本当にこの子は、間違えて私の首を刎ねたということだろうか。

 ……私が普通のヒトだったらどうするつもりだったんだろう。

 と、疑問は沸いてくるもののまず聞いておきたいことがある。


「……もう一回言ってもらえるかな、さっきの」

「ええ。『危うく亡くなった状態で捕まえて――』」

「それだよそれ。え、なんで私捕まるの」

「アン姉悪いことしちゃった?」

「してないしてない、安心してラーユ」


 ほら、ラーユが悲しい顔になっちゃったじゃない。

 ちゃんと説明してもらわないとね。


 彼女はポケットからメモ用紙を引きずり出した。


「一部冒険者から、『幼女を捕らえては丸呑みする危険なアンデッドがここにいる』という報告を受けたのでやってきたのですわ。申し遅れました、わたくしはチギリ・ショワール。どうぞお見知りおきを」

「うん、よろしく。でもちょっと、何言っているのかわからない」

「アン姉、ラーユ食べるの?」

「食べない食べない、信じてラーユ」

「ん~っ、しんじる!」

「やったー」


 本来なら逃げるなり抗うなりするはずの、切羽詰まった場面だ。しかし私は不思議なことにそんな気にはなれなかった。

 なによりも目の前のこの「チギリ」という子が、言葉のわりに危険がなさそうだからだ。……初対面で首を斬ってくること以外は。


「というわけで大人しく捕まってくださいな」

「や!」

「ラーユ?」

 立ちはだかったのはラーユ。私を守るようにしてめいいっぱいに腕を広げた。

 私だって捕まりたくない。それに、これは完全に濡れ衣だ。幼女はいるけど私がむりやりひきとめているわけではないし、アンデッドではあるけど人は食べない。


「うおおおっ」

「まってまって」

 挨拶は済んだので試合はじめ、みたいなノリで早速向かってくるチギリ。

 ただ、ラーユのことを考えてか剣は鞘にしまったままだ。

「隙ありですわ!」

 地面を蹴って、軽やかに身を翻し、チギリは私の背後にまわった。

 速い。身のこなしがプロだ。

 さっきの剣筋もそうだが、この子、かなり強いかもしれない。


 本当はそのまま逃げてしまいたい。

 が、それだと今度こそ釈明できなくなりそうだ。

 ラーユを巻き込みたくないので、とりあえず横で待っていてもらう。

「うおおおっ、待つのですわ!」

「嫌だよ!」

 鬼ごっこをするように、両手を前に広げるチギリ。私よりよっぽどゾンビっぽい走り方だ。……ん?鬼ごっこ?

 良いこと思いついた。


 私は少しスピードを速くして差をつけると、鍋を手に取った。

 私のオリジナル魔法だから、できるかはわからない。

 が、夢にまで見た冒険のために勉強期間一生懸命頑張ったから、成功すると信じたい。


 鍋を胸の前に構える。

「――【キノコ鍋の守り】」

 淡い光とともに、私が長年愛用してきた鍋が浮き上がった。

 そして頭上に止まるとキノコの傘を広げるようにして、私の周りに防御膜を張った。


 要するに、【防御魔法】である。


「ぶへぇっ」

 見事に減速に失敗したチギリは、そのまま顔から障壁に沈み、そして跳ねだされた。

 キノコと言うくらいだから、やわらかい壁になっている。

 さらに私が入っていい人を決められるというハイブリッド仕様。

 我ながらに、ナイスデザインである。


「アン姉かっこいい!」

「どうもどうも」

 切り株に腰を下ろして、盛大に拍手を送ってくるラーユ。

 いやあ、褒められるって良いね。クセになりそう。

 茶番を楽しんでいると、ゆらりとチギリが立ち上がった。


「くっ……やはり手ごわいですわ!」

 魔王を前にした勇者のような覚悟あるまなざし。顔を見る限り相手もそれなりに楽しんでいるようだし、良しとしよう。

 ついでに言えば彼女はすでに、ここにやってきた目的を忘れているのではないかと私は思う。


「さあ、次のラウンドですわ!」

「えぇ?もう勘弁してよ」

「つべこべ言わずに!」


 チギリは短剣を構えた。

 これは本気かもしれない。さきほど首を落とされたとき、斬られたことすら気づかなかった。そうとう鋭利な刃をつけているかもしれないので、警戒しておかないと。


「わたくしも本気で行きますわ!」

 短剣に靄がまとった。

 それは徐々に拡大し、頭二つ分ほどの分量に膨らみあがった。

 もしかして、これを振り下ろすつもりなのだろうか。

 このままでは、私の紙装甲では持たない。

 緊張を走らせる私。

 対するチギリも、苦し気な顔をしていた。


 やはり、うっかりではない人斬りには勇気がいるのだろう。そして彼女はいま、自分を奮い立たせていて――。

 と、勝手に妄想していると。


「重っ……」

「は?」


 一歩かろうじて踏み出したチギリは、そのまま短剣に引っ張られる形で倒れこんだ。

 どうやら、まとった魔法が重すぎて支えられなかったらしい。

 何度か起き上がろうとするが、失敗だ。

 そして力尽きたまま、チギリはそのまま地面にへばりついた。


 思った以上に、ポンコツな子だったかも。


 何しろチャンスだ。

 私はバリアを解除すると、チギリの腰に馬乗りになった。

「ぎゃあっ、やられましたわ!」

「いや、そっちからやってきたんでしょうが」

「ぐぬぬ……かくなる上は!」

 目を見開き、チギリはとある者の名を呼んだ。


「モモ!」

「プクっ」


 樹陰が揺れ、やがて正体を現す。

 一言で表現するなら、飛べるネズミ。教科書曰くこういう生き物を「モモンガ」と言うらしい。

 どんな猛獣が跳びだすかと思えば、可愛い小動物だ。

 マントのような皮膜を広げ、ゆっくりと降下するモモ。

 ゆっくり。

 ゆっくり。

 木の葉のように、ひらひらと。

 そして、ついに鋭い爪を見せ――。


「わあ、かわいい!」

 ……ラーユの頭に着地した。


 ラーユはモモを両手に乗せると、鼻先を近づけたり、プクプクと鳴き声を真似したり、わいわい遊び始めた。和むね。

 私の下敷きになっているチギリは、哀愁漂う表情をしていた。

 気持ちはわかるよ。うん。


 ・・・


「ほんっとうにごめんなさい!」

「いやいや、もういいよ。被害は出ていないし」


 彼女が気を落ち着かせたところで、私とラーユはひとまず自己紹介を済ませた。

 私のことを上から下まで観察し、ラーユの着ぐるみをまじまじと見て、それから何かを思い出したように走り去っていった。

 しばらくして、顔を青ざめて戻ってきたかと思えば、九十度も腰を折って深々と謝罪をしてきた。


 どうやら、私の顔を改めで見たら、どこかで見たことがある気がして、家にある資料を確認してきたらしい。


「アンズさんでなかったら、死人を出すところでしたわ」

「ほんとだよ」

 これほど自分がゾンビであることに感謝した日はない。


「それにしても気になるんだけど、チギリはどこでその依頼を聞いたの」

「皆さんですわ。ギルドで、『何か困っていることはないか』と尋ねたら、

 冒険者たちに群がられたのです」

「で、『誘拐犯がいる』みたいな感じで言われて、信じちゃったと」

「ええ。わたくしが頑張らなくてはと思いまして……」

「えぇ……?」


 大方、その状況が目に浮かぶ。

 アンデッドを潰すいいチャンスだ、と思ってチギリにすがる人々。

 二つ返事でギルドを飛び出し、さっそく討伐に熱意を燃やすチギリ。


「あの、お詫びと言ってはなんですけど……」

「?」

「アンズさんのパーティーに、入ってもよろしいでしょうか!」


「「……へ?」」


 ポケットから取り出す、くしゃくしゃになった紙。若干漂う生ごみの臭い。間違いなく私のメンバー募集の紙だ。話を聞けば、ギルドから跳び出したときにゴミ箱を被ってしまい、たまたま見つけたらしい。

 その説明がまた、まぁ回りくどいこと。

 よくよく考えれば、(私の場合は特殊だけれど)お詫びでパーティーに入るのはなんだか首を傾げたくなるお話だ。


 あわあわしながら弁明しようとするが、話せば話すほど「沼」にずぶずぶはまっていくチギリ。

 そんな彼女を眺めながら、一筋の親近感が沸いたことは内緒だ。

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