四鍋目。「初活動」と「初打ち首」

 翌日。

 早朝。


 私は腹に強烈なインパクトを受けて、目を醒ました。

 咳き込みつつ朦朧と目を開けると、ラーユが私の上に馬乗りになっていた。

 うん。

 昨日と同じ、「アリゲーター」の着ぐるみだ。


 ……夢、じゃなかったんだね。


「アン姉、おはよう!おなかすいた!」

「おはよ。……果実、採ってくるから待っていてね」

「ラーユも行く!」


 おお。朝から元気だ。

 野生の果実なら、そこらへんに生っている。私有地のものでなければ、腹を満たすくらいは何も言われない。


 軽めに土を洗い落として、皮をむいて、立派な朝食の完成だ。




 というわけで、パーティーの初活動だ。

「まずは目標を決めよう」

「きめよう!」


 冒険の鉄則その一。

 闇雲に行動しない。


「ラーユは、何かアイディアはある?」

「んー。『願いをかなえる旅』!」

「……なるほど?」


 つまり、お互いの「こうしたい」「これが欲しい」を一つずつ達成していくということ。

 子供らしいけれど、割としっかりした意見だ。


「どこどこの川に行きたい」

「どこどこの料理が食べたい」


 冒険者としてはあまりパッとしない。

 しかし、初めの一歩としてはちょうどいい。

 うん。むしろ、これ以外に思いつかない。


「よし、じゃあソレで決まりね」

「わーい」


 万歳をしてはしゃぐラーユ。

 まだ出会って一日も経っていないのに、彼女はすでに私のエネルギー源みたいな存在だ。


「では記念すべき一つ目の『願い』は、ラーユから始めようか」

「アン姉、ありがと!」

「ふふ。どんな願いかな?」


 ラーユは頭をぐるぐる回転させた。考える仕草らしい。


「あ!わかった!」

「なになに」


「たくさんの子と、『やみなべ』食べたい!いっしょに!」


 おお。

 いい願いだ。とてもほっこりする。うん。

 ただ、ラーユちゃんや。

 ――ちょっといきなり、ハードモードすぎないかい?


 と言ったものの私からは特に提案もなかったため、ラーユの案を採用することになった。


「ラーユ。その『たくさんの子』って、誰でもいいの?」

「うん!」


 そうだよね。

 私というアンデッドを受け入れるくらいだもんね。

 深く考えない、考えない。

 ラーユの思し召しによって、手始めに森へと向かうことになった我らがパーティー一同。

 魔法で光っている草木をかき分け、鍋にできそうなキノコやら木の実やらをもいでおく。


 実際に活動を始めてみてわかったこと。

 それは、「ラーユ」がとんでもないということだ。


 森にいつもいるからか、毒草や危険な地形を本能的に把握してスイスイ進んでいる。

 大人げないけれど、少し妬いてしまいそうだ。


「アン姉、アン姉」

「ほいほい。どうしたの」

「お名前、決めたい!」

「パーティーの名前ってことかな?」

「うん!」

「……どういうのがいいかなぁ」


 ラーユはきれいに一回転して、私のそばに着地した。


「アン姉が決めて!」

「んー。じゃあ、やっぱり『闇鍋』関連かな。ほら、私とラーユが出会ったきっかけだし」

「うん!」

「『闇鍋パーティー』……なんてどうかな。安直だよね」

「かっこいい!それで決まり!」

「え、えぇ……」

「もう変えられないよー。ラーユ、『バリア』持ってるから」


 私が前言撤回を発動させようとしたら、ラーユが両腕で「バツ印」を作った。

 何のバリアなんて、無粋なことは聞かない。

「闇鍋パーティー」、ね。

 うん。悪くない。決まりだ。


 何ともあれ、まずは実績を残さないと。

 目標が、ラーユの一つ目の願いをかなえること。

 ――「大人数で闇鍋を食べる」。


 確かに、大変なお話だ。けれど、二人で頑張ればきっといける。

 そう信じて、私はラーユの手を取った。


 こんなところで、立ち止まってなんかいられない――。




「詰んだ」

「アン姉、諦めるの早すぎ」

「いやいや、だって……」


 ここは私たちのアジト。最初の物置小屋だ。

 私はラーユに宥められながら、藁葺きの枕に顔をうずめた。


 結果を言おう。

 初めての冒険は、失敗だ。

 いや、正確に言うと「叶うまでに天文学的な時間がかかるからムリ」である。


 考えてみてほしい。

 大人数で闇鍋を食べるには、何が必要か。

 大きな鍋や具材。

 これは、難しい話ではない。

 しかし、肝心の人数はどうしようか。

 そこで思い返す。

 そもそも私がいままで一人でうろついていた原因は何か。

 そう、仲間がみつからないからだ。

 もしパーティーにすぐに招かれていたら、私はここにいない。


 独りぼっち業界の匠、私アンズ。

 人よりも毛虫さんが好きな野生児、ラーユ。


 さて問題。

 このデュエットで、果たして闇鍋を囲めるほどの仲を、何人見つけることが出来るのだろうか。


 ――愚問も愚問。


 見つかるわけがないのだ。

 森を諦めて街に向かうが、早速嫌われる私たち。

 ラーユを化け物と認識されるわ、私を幼女誘拐犯だと勘違いするわ、しまいには魔法を盛大に放たれるわ。

 結果、私たちは三回ほど警備隊のお世話になった。

 あれ、こんな無法地帯だったっけ、と思ってしまった。


 もしかしたら、最近みんなピリピリしているのかもしれない。

 結局は自分の身が可愛いのでマイホームに戻ってきた、とさ。


「もうすこし詳しく計画を立てようか」

「うん」

「精霊さんでもいいなら、森の奥にいけばいるかもしれない」

「かわいい!精霊さんがいい!」


 うーん。でもね。

 ごめんね、ラーユ。


 精霊さんってまあまあ変わった性格をしているから、気に入られない限り、一緒に行動するなんて夢のまた夢なんだよ。

 話によると、中には自分の右腕、右目、右耳、右肺を自分で抉って気に入られようとした、なんてこともあったらしいし。


 私が回りくどく精霊の気難しさを伝えると、ラーユはしばし長考にふけってから、


「アン姉のなかまに会いに行く!」

「あー、アンデッドの街ってこと?」

「うんうん」


 おお、これは期待を膨らませている目だ。


「あるのかもしれないけど、この国では聞いたことはないね」

「そっかぁ」

「それに全員が全員、私のように話が通じるわけではないからね」

「はじめて知った!」


 危なかった。

 ラーユがアンデッド全員に向かって、「アン姉のなかま!」と言って近づく未来を抹消できた。

 場合によっては寄って集って、食われてしまうことだってあり得るから。

 ――みんなの私への「嫌悪感」は、きっとそこから来ている。

 だからこそ、私を嫌う人を、私アンズは悪者扱いするつもりはない。


「じゃあ次は――」


 その時だった。


 私は代替案を挙げようとした。

 しかし、明らかにラーユの様子がおかしい。

 何かを警戒してか、鼻に皺を寄せて唸っていた。


「覚悟ですわ」


「わっ⁉」

 ――一閃。

 聞きなれない声。

 ピントがずれて、急降下とともに草地に転がる視界。

「アン姉!」

 手を握ってみる。反応しない。

 足を振ってみる。反応しない。

 ――どたり。

 自分の胴体が崩れて、丸太のように転がった。


 ……いつの間にか、私は首を落とされていた。

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