六鍋目。「ちぎり」と「約束」
朗報。
我らが「闇鍋パーティー」に三人目のメンバーが入った。
名前はチギリ。
本名「チギリ・ショワール」。なんだか聞いたことのある名前だが、なんとなく触れてはいけない部分だと感じたので、軽く流そう。
武器は短剣。「愛するおじい様」からの贈り物だそうで、肌身離さず持ち歩いているという。
また相棒のペットにモモンガを飼っており、名前は「モモ」。
ちなみに、チギリに懐くのは餌の時間だけだそうだ。
「今日はよろしくね。……ええと、チギリ、って呼べばいいのかな」
「ええ。お好きに呼んでいただいて結構ですわ」
流れで決まったチギリの入隊。正確に言えば、「仮」である。
一度「体験」をしてみてから、正式的に入るかを決めることになったからだ。
そんなこんなで、私たちが出会ったその翌日、さっそく近くの森の入り口に集まっていた。
本来は私たち「闇鍋パーティー」の行動方針どおり、引き続きラーユの願いをかなえる冒険に出るはずだ。(復習だが、ラーユの願いは大勢で闇鍋を食べること)
しかしとりあえずは、簡単な果実採集をすることになった。
「たかが採集」と思うことなかれ。
ナビゲーターの教科書曰く、「最も死者、重傷者を出したのは【採集】の依頼」だ。
当然採集した実などの品質は保つ必要がある。傷がついて売り物にならないなどもってのほかだ。そしてそんな風に他の事に気を取られていると、いつの間にかモンスターやら盗賊やらに囲まれていた、なんてことが十分あり得るのだ。
――まあ、それにしても。
「……チリちゃん、大丈夫?」
「と、当然ですわ。おじい様のこの短剣がある限りわたくしはめげませんわ!」
「いや、その剣が折れているんだけどね」
採集がスタートしておよそ一時間。
しかしチギリだけはなぜか、一週間ずっと山にいました、みたいな泥んこ状態になっていた。
サバイバル感のある擦り切れたズボン。山の主と拳を交わしたかのような、アザの数々。そして芯から折れて
原因、平坦地での転倒。
彼女を見ているとこっちまで不安になってしまう。
もはやまともに探検できる様子ではないので、ひとまず立ち止まることにした。
今はラーユがチギリの保護者役となって、手をつないでいる。本人もまんざらでもなさそうな様子だ。
「それにしてもお二人は連携がすごいですわね。声一つでどんどん障害を乗り越えてしまいますし。何か秘策でもあるのかしら」
「「うーん」」
集めた木の実の選別をしながら、チギリが問いかけてくる。
ラーユは膝にチギリのペット「モモ」を乗せたまま、私の顔を見た。残念ながら私にもわからない。そもそもラーユと出会ったのがほんの数日前だ。
連携が凄いと言われても、実感が湧かない。
思ったことを直接伝えると、チギリは目を大きく見開いた。
「そ、それは驚きですわ」
「そうかな。……まあしいて言えば二人とも職業が『ナビゲーター』だから、気が合うのかもね。あとは――」
「やみなべ!」
ラーユが元気よく手を挙げた。見れば、膝に乗っているモモもちょこんと手を伸ばしていた。仲いいね君たち。
「やみなべ、食べればすごく強くなる!」
「ほ、本当かしら⁉」
「え、あ、まぁ」
強くなるかはわからないけれど、確かにラーユの言う通りみんなで鍋を囲うと、仲が深まるのかもね。
「それならばぜひ、わたくしもやってみたいですわ、闇鍋!」
「ラーユはお砂糖がおすすめ!」
「いやいや、今日くらいはしょっぱいものにしない?」
「モモちゃんも一緒!」
「チギリ、モモって大丈夫なの?香辛料とか」
「ええ、特別な子ですから」
休憩しつつ、闇鍋の中身は何にしよう、などと話を膨らませる私たち。
――ぽつり。
頭の上をはねる水滴。ぽつり、ぽつりとリズムを刻みながら、徐々に激しくなっていく。
雨だ。
「お、お待ちくださいな!」
「チギリ、拾いきれない分は諦めて!」
「チリちゃんこっち!」
拾っても拾ってもこぼれる木の実を、なんとか服に包もうとするチギリ。だが、森の中でこのタイプの雨に遭遇したらまずは避難が先だ。なぜなら――。
――嫌な気配。
「きゃあっ」
「チギリ!」
気配と鳴き声からして、雨に反応して群がってきたカエルだろう。
カエルと聞くとぬめぬめしたちんちくりん、というイメージがあるかもしれない。が、この独特な鳴き声の持ち主は一味違う。
「な、なんですかあれは!」
獣道を塞ぐ、風船のような丸いカエル。雨粒を浴びて、さらに肥大化していった。
べきり、べきり。丈夫な木の幹すら、捻じ曲げられ仕舞いには折れてしまう。
――パン。パン。
風船と言うくらいだから、膨らむのにも限界がある。
折れた幹に肉体が刺さると、大きな発砲音を立てて破裂した。
腹部にたまった卵が、一気に放出される。
「……!あっちの隙間から抜けるよ」
「わかりましたわ!」
破裂に巻き込まれないように、雨のまだ弱い森の入り口へと帰還した私たち。
本来なら冒険者らしく討伐をするのだろうが、まずは保身第一なので、街に近い個体だけ潰して残りは報告だけにした。
すっきりしないが、ラーユたちが命を落とすよりはいい。
これこそ、ナビゲーターの本職だ。
冒険者というのは、少なからず血の気の多い人が集まる職業だ。そのため予想外の事態が起きたとき、真っ先に「逃避」という選択肢を消したがる。
プライドや、実績に関わるからなのかもしれない。
そんなときにリーダーに代わって指揮を執るのが私たちナビゲーターで、環境から今すべきことを判断し、被害を最小限に抑える。
さて、ようやく我らがアジトに戻ってきた。
私のほうで一応雨避けの布を持ってきていたとはいえ、あれだけの豪雨に打たれてはどうしようもない。軒下に隠れる頃にはすでに三人ともびしょ濡れだった。
「やみなべみたいだね!」
「あら、どういうことかしら?」
「たぶん、『闇鍋から出てきたみたいにビショビショ』って言いたいんじゃない?」
「アン姉正解!」
「ふふ。確かに、泥まみれですものね。闇鍋感はありますわ」
「それはチギリだけだよ」
ひとまず部屋に入って、濡れた服はまとめる。なおチギリのは汚れのレベルが違うので別にして手洗いだ。
チギリは最初、私の
ちょっとズレた感性もそうだけど、濡れた下着を回収するときに角に隠れていたし、もしかしたらかなりのお嬢様かもしれない。個人的な所感だ。
仕草が上品なところがある。かと思うと短剣を持てばそれなりに様になる。なかなかに不思議な子だ。
洗濯物の回収が済んだあと。
本当はもう少し採集をしたかったが、今から出ても遅いし危ないので、今日の冒険はこれでおしまい。
着替え中にずっと闇鍋の雑談をしていたせいか、家事が終わって大の字になると、三人そろって腹の虫が鳴いた。大合唱だ。
「よぉし、闇鍋タイムだ!」
「だー!」
「楽しみですわ!」
今日も頑張った自分に拍手喝采。恒例の「闇鍋パーティー」の開幕だ。
雨も少し落ち着いてきたので、各々食材集めに出かけた。
ラーユはまだ幼いので家付近のお店へ。なおモモも同伴だ。私はご近所のマーケットと森。
チギリはわからないが、遠目でみたら黒塗りの馬車に乗っていたので、お家から具材を持ってきてくれるのかもしれない。
しばらくして、再び小屋裏に集まる私たち。
処理済みの食材は既に、鍋の中でぐつぐつ踊りはじめていた。
「あれ、チギリ、一回家に戻ったんだから、いつも着ている服に着替えて来ればよかったのに」
チギリは今、私が貸した服を着ている。慣れた衣装が一番心地いいだろうに、彼女は嬉々としていた。
ゾンビになった私には可愛い服などないから、正直少し気恥しい。
しかも見栄を張ろうとして唯一のお気に入りを貸したので、さらに照れくさい。
「全然問題ありませんわ。お二人に馴染むためにも体験したいのです」
「匂いとか、気にならない?」
「少し濃いめのベゾアールだと思えばなんてことないですわ」
よかった。あなた臭いですわね、とか言われなくて。
そういえば出会った当初から私がアンデッドだとわかっていても、嫌悪感はなさそうだった。また素敵な出会いをしたのかもしれない。
……ん?でも、「ベゾアール」って結石のことだったような。
(※ベゾアール=結石。魔法、香水に使う。龍涎香など)
「おいしそう!」
ラーユが声をあげる。頭に乗ったモモまでが、可愛らしげに鳴いていた。
おたまでスープを掬って、味を見てみる。
「ど、どうかしら」
「アン姉。どう?」
きらきらしたお目目が二対。一応闇鍋なので、お二人には味は秘密だ。
私がグッドサインを出すと、光を放たんばかりの元気な歓声があがった。
もう少しだけ煮込む。
そろそろかな。
待ちきれなさそうな面々。
三人分のスープと具を分けて、ようやくお食事タイム。
いただきます。
最初に具材を口にしたのはチギリ。あれは多分……。
「……」
「どうだった?」
「素晴らしいですわ!」
「よかった」
どうやら、涙をにじませるほど美味だったらしい。スープをそっと流して、飲み込んで、彼女は恍惚とした顔を浮かべた。なんだか、チギリを見ているとお腹がすく。
用意した甲斐があった、と思える食べっぷりだ。
「意外と合うでしょ、甘辛と」
「ええ。ですが、いったいこれは何のお肉でしょうか?羊とか?」
「カエルだよ。さっき遭遇した」
「かえっ……え⁉」
びっくり仰天。ラーユまでもが、鍋を覗き込み始めた。大丈夫だよ。可食部位しか入れていないから。
私も一口試してみた。
もちもちとした食感。脂っこい感じもなく、かといって薄味でもない。
ほどよい具合に絡んだ赤いスープ(ラーユが買った)と一緒に楽しめば、舌鼓を打つ他ない出来だ。
時折混ざる、ふんわりと香るパンはチギリ由来だろうか。
お腹が限界だったのもあり、それからは三人とも食べることに集中していた。
モモも、ラーユから具材を受け取ってはせっせと咀嚼している。
「……チギリ、今日はどうだった?」
腹が満たされてきたところで、私が尋ねた。
ぱらぱらと、臨時に作った屋根に雨粒が跳ねる。
「チギリ?」
「あっ、ごめんなさい。そうですね――」
少しぼうっとしていたらしい。
チギリは雨音を楽しむように目をつむると、立ち上がった。
「わたくし、やっぱり――闇鍋パーティーに入りませんわ」
「「ええっ⁉」」
思わぬ流れに、こけそうになる私とラーユ。
ショックがそのまま顔に出ていたらしく、チギリが弁明するように両手をばたつかせた。
「あ、その、別に入らないわけじゃないですわよ」
「「はぁ~」」
「でも、入らないというか、今じゃないというか」
「「????」」
チギリは胸を撫でて深呼吸した。
「わたくし、今日一日お二人の活動を見ていましたわ。それで――自分はまだまだ足りない、と感じました」
「「……」」
「本当はとても参加したい。ですが、判断力に長けたアンズさんと、勘が働くラーユちゃん……わたくしチギリは、足手まといなのです」
そんなことないよ。
それを言ったら、みんなそうだ。
それを知ったうえで、手を取り合って補い合うのだから。
――そう言ってあげたかったが、声がうまく出なかった。
「わたくし、修業してまいりますわ。絶対に――戻ってきますから」
「うん」
私は立ち上がって、チギリの手を取った。
「待ってる」
チギリは小さく頷いた。
雨音がフェードアウトする。そろそろ、お別れの時間だ。
はじめはどうなるかと心配したが、いざ組んでみると案外飽きない、愉快な「闇鍋(パーティー)」が出来上がっていた。
「チリちゃん、待ってるね!ぎゅ!」
「ええ。……ぎゅっ」
ラーユの温かなハグは、きっと彼女なりのお見送り。
当然、私も用意してある。
「これ、よかったらどうぞ」
「これは……」
彼女に手渡したのは、一つの手提げ。見栄えはよくないが、私なりに作った闇鍋パックだ。その微かな温もりを受け取るように、チギリは手提げを胸に抱いた。
「二人とも、ありがとうございますわ」
「こちらこそ」
「あ、そういえばモモはお二に預けますわ。私よりもラーユちゃんが気に入っているようですし」
「えぇ、いいの?」
「ええ。私の修業が終われば、戻ってまいりますから。――では」
「行ってらっしゃい。頑張ってね」
タイミングよく到着した黒馬車。
チギリはまとめた荷物を台に乗せると、大きく手を振った。
「行ってきますわ」
また、いつか。
それまで、各々の道へ進んでいく。
「……片付けよっか」
「うん」
一つの鍋。三人分のお椀。
空は、からりと晴れあがっていた。
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