2-4

紅茶をゆっくりと楽しみながら、奏は携帯を見る。

メールの着信が1件。


差出人の名前は、『うた』。


━ごめん。やっぱり私はもう、音楽も歌も続けられない。続けちゃいけないんだと思う。━



練習で高揚した気持ちが、どんどん下がっていく。

奏はすぐに返信する。


━うたは、それでいいの?あなたには才能がある!才能だけじゃない。歌うことが、好きなんでしょ?━


暫しの間。そして再び、着信。


━もう、好きじゃない。歌うことも、音楽も。それに私には才能なんて無いよ。ただの凡人。それより今度、またなにか食べに行こうよ!━



「…………っ!!」


言葉にならない憤り。それを自分の携帯にぶつけるように、無造作に放り投げる。


ぼふっ……!


勢いよくソファーにぶつかった携帯は、その勢いでリビングの床を滑り……


……使用人の足下で止まった。使用人はなにも言わず、静かに携帯を拾い上げると、


「お茶菓子、まだでしたわね。すぐにご用意致します。」


優しく奏の手を取り、微笑んで携帯を持たせる。

その優しさが、奏の心を少しだけ落ち付かせていく。


「……ありがと。」


さほど時間もかからずに運ばれたクッキーをかじりながら、考え事をしてしまう奏。


(どうして……どうして才能がないなんていうのよ。私は、先生にピアノの魅力を教わり、あなたの歌の伴奏をするのが夢なのに……!)


自分の想いとは逆の方向へ向かっていく、ふたりの天才。かけがえの無い存在。

かけがえのない存在だからこそ、ふたりには自分の手の届かない領域で、自分が到達するのを待っていて欲しかった。

いつか、一緒に同じ舞台で音楽をしたかったのだ。


「ごちそうさま。なんか……ごめん、気を遣わせちゃったみたいで。」


気持ちがなかなか晴れないまま、奏のティータイムが終わる。

紅茶とクッキーの器をトレイにまとめ、キッチンに持っていこうと立ち上がると、使用人はそっとそのトレイを受け取る。


「恐れ入ります。……お嬢様、あまり深く考え込みませんよう……。お嬢様がそんなお顔をされているだけで、気持ちが沈む方もいらっしゃるはず。逆に、お嬢様の明るさに救われている人だって、いらっしゃるはずですよ?」


使用人は、トレイを一度テーブルに戻すと、小脇に抱えていたショールをふわり、と奏にかける。その仕草は、まるで奏の姉のようでもあった。


「私も、お嬢様の明るさに救われている人間のひとり、でございます。……そんな顔をしないで。」


優しく微笑む使用人に、


「うん……うん、ごめん。」


嬉しくて涙が出てしまう奏なのであった。

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