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音楽教室を出た響。

自宅は徒歩で行ける距離なのだが、大通りに出ると、タクシーを拾った。


「みらい中央病院まで」


響が運転手に告げた場所は、大通りからタクシーで15分の距離にある、大病院である。



綺麗な外装の、大きな病院へと着いた響は、受付で看護師に挨拶を交わす。


「麻生さん、今日もお見舞いですか?ここのところ毎日ですね。」


「まぁ・・・日課みたいなもので。ご迷惑はかけませんので・・・」


「迷惑だなんてとんでもない!!たくさん顔を見せてあげてください。きっと喜びますよ」


「ありがとう。」


この病院において、響は看護師たちの馴染みの顔となっている。

それは、これまで幾度となくこの病院に通っているからに他ならない。

迷うことなくエレベーターへ進み、「10F」のボタンを押す。


10階。個室のフロア。

すっかり暗くなった廊下を進み、ある表札の部屋の前で立ち止まる。


『宮下 さくら 様』


ノックもせずに、扉を開ける響。


「入るぞ」


真っ暗な室内に、ピッ・・・ピッ・・・と規則的に闇に電子音が響く。

響は手探りでスイッチに手を伸ばすと、電気を点けた。


「悪い。遅くなったな」


ベッドに横たわる女に声をかけると、傍らの椅子に座る。

横たわる女性は、響の言葉にも反応せず、ただ、眠っていた。

そんな女性に、響が悲痛な表情で声をかける。


「さくら、お前・・・いつ起きるんだよ」


返事のないさくらをただ見つめ、乱れもしない毛布を掛け直す仕草を見せる。




覆面歌手、SAKURAが『初雪』で1位になってから、半年後。

SAKURA本人である宮下 さくらは事故に遭った。


運転手は携帯でメールを打ち込んでいる途中で、赤信号にも横断歩道を歩くさくらにも気が付かなかったらしい。

さくらを轢き、車からは降りたものの、茫然自失で救命措置も通報もしなかった運転手。

たまたま周辺にいた人達が救急車を呼んだ。


運転手はその場で逮捕され、さくらはすぐに病院へ運ばれ一命をとりとめた。

しかし、今もさくらの意識は戻らないまま。


その後、何度か運転手の妻と娘が病室を訪ねてきたが、響は決して中には入れなかった。医療費に、と差し出される現金の束が入った封筒も、受け取らなかった。




響とさくらには両親がいない。不幸にも4人同時にこの世を去った。それも事故死。

だからか、響はさくらを自分の手で守りたかった。


「親子そろって、事故で・・・とか、神様はバカなのか・・・?」


響は、カーテンを開け、真っ暗な外に向かい、呟いた。



目を覚まさない、さくら。

静かな室内。

響く電子音。


ただ、過ぎていく時間。


そんな空間を壊したのは、看護師のノックの音だった。



「麻生さん……すみません。石神さんが……」


『石神』という名前に、響の表情が強張る。

石神とは、さくらを撥ねた運転手と、同じ苗字であった。


「お通ししないようにお願いしてあるはずですが」


看護師は決して悪いことをしているわけではないのだが、つい口調が冷たくなる。


「私もお断りしたんですが……今夜はどうしても、と。」

事情を知っているのか、看護士も対応してくれたのだろう。申し訳なさそうに響に告げる。


困った顔の看護師に、響はつい自分が興奮してしまっていたことに気付き、申し訳なさそうに頭を下げる。


「すみません。あなたのせいではない……」


そして扉の方を見る。小さな磨りガラスに映る、人影がふたつ。

良く、見慣れた人影であった。


「……俺が行きます。」


響は昂りそうになる気持ちを抑えながらも、人影の方へと向かった。


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