第5話元女騎士、魔術を行使する
クイっと、オーバ刀自は顎で男の方向を示した。
そこでは、男がフラフラとゆれながらも、しかし両の足をしっかりと地に踏みしめて立ち上がろうとしている。
「やめておいた方がいい。君は私に勝てない。もう諦めるのが賢明だよ」
立ち上がろうとするミラミラミに対して、ブリザードさんは諭すように語り掛ける。
それでもなお、男は両脚に力を込め、魔力を強引に循環させることで無理矢理に身体を引き起こした。口からコポリと垂れた血を袖で拭って、落としていたレイピアを拾い、ブリザードさんに向けて構える。
「そうだね…確かに君の言うとおりだよ……ブリザード・フメール……この数百ばかりのやり取りが…僅か一分にも満たない剣戟が、なにより雄弁に語っている……君は僕様よりも強く、僕様は君よりも弱い……君は僕様如きの妾に収まるような狭量な奴じゃないってことはよく分かった……真に、次代の魔王にふさわしい存在だ……このまま続けても、僕様はきっと、君に勝利をおさめることなんて叶わないんだろう……
けれど…それでもッ………そうだとしてもッ!……僕様は、僕様の誇りにかけて、ここで諦めるわけには……いかないッ!!」
ミラミラミが、今日一番に強力な魔力の奔流を周囲に放出する。彼を中心に旋風が発生し、崩壊し地に落ちていた教会の建材の破片や塵埃が吹き上げられていく。上空で集束したそれらは巨大な黒雲となって、拡大を継続しながら帝都の天蓋を掩蔽する。ミラミラミの髪の毛は逆立ち、その髪を含め全身の体毛が黒から青色に変色していく。よく見ると、顔から一番の特徴である眼の下の巨大な隈がまるっきり消失していた。
「たとえ勝てなくても!!負けても!!それは戦わない理由にはならない!!!」
男の叫びに呼応するように、一迅の雷鳴が轟いた。同時にポツリ、ポツリと小さな雨粒が降り始める。
ブリザードさんはミラミラミの醒覚を眼前で眺めながら、嫣然と微笑みを浮かべた。
「いいね、ミラミラミ・クローゼ。君の名前は覚えておくよ」
うーん。
なんだかさっきからミラミラミが主人公サイドで、ブリザードさんの方が敵役のような感じになっているような気がする。ていうか、なってる。ミラミラミなんて、ついさっきまですんごい気持ち悪い女性蔑視発言を残していた最悪な男だったはずなのに、急に改心して主人公っぽいセリフを吐いてるし。それを見て周囲の紫集団も歓声上げちゃってるし。もうよくわかんないや。
ほんと、ままならないね、人生ってやつは。
隣でこの不思議光景を見詰めているオーバ刀自だけは、最初から表情が変わっていない。元々表情なんて見えていないから当たり前か。
僕は刀自に訊ねる。
「これってどちらが勝つんですかね?」
「そりゃあ、もちろんブリザード・フメール様ですじゃ。あやつも何やら吹っ切れた様子ですじゃけれど、それでもブリザード様の足許にも及ばないですじゃ」
……………………、
なんか少し悲しい気持ちになった。
さておき。
戦闘の続行を決断した二人は、しかしまだ互いに睨み合いを続けていた。相変わらずミラミラミの周囲は強大な魔力放出の余波で旋風が吹き荒れている。
降り始めた雨はいよいよその激しさを増し、天気は大荒れの模様だ。
「特別に僕様の魔術を開示しましょう、次代の魔王様。
——僕様の司る魔術は『
そこで、ミラミラミが持っていたレイピアが消失した。彼の語る魔術によって収納されたのだろう。
「そして、この術式の真の力は—『収納した武器をその魔術空間内で十全の状態に復元する』ことにある。いきますよ、次代の魔王様——これが今の僕様の全力です」
再び空から閃光が疾る。それはミラミラミが頭上に構えた両拳に直撃し、帯電した拳は魔力を蓄積しながら蒼色に発光を始めた。
「覚醒術式——『
男が放つ総ての魔力が彼の両拳に集ってゆく。閃光に遅れて天が啼き、大地が揺れた。蒼の光はその輝きを一層強め、見るものの視界を青く眩ませる。尋常とは思えぬほどの、埒外の魔力を束ねた男の両拳の中から、やがて巨大な剣が顕現した。
雷花を象った装飾が絢爛に施された巨大剣。その刀身と刃幅は、平均的な成人男性を容易に上回るほどに巨大。
そのような特徴を併せ持った刀剣をひとつ、僕は知っている。
知ってはいるが……
「まさか、あれは……雷剣ドルキス?神話の英雄ナターレが振るい、大陸を四つに断ち切ったという伝説の…まさか実在したなんて……」
「正確にはそれをあやつの魔術空間で独自に修復、再生成したいわば復刻版ですじゃ。しかし、その出力はオリジナルとも遜色ない、あるいはそれ以上かもしれませんじゃ。これは少しマズいかもしれませんじゃ」
言っている間に、伝説の剣を持った男が勢いよく跳躍する。その脚力で彼の跳び去った後の地面にひび割れが生じた。ミラミラミは中空で大剣を大上段に構え、ブリザードさんに向かって渾身の魔力を込め、振り下ろした。
「くらえエエエエエエエアアアアアアアッッッ!!!!!!」
魔力による強化に加えて重力による加速も乗る。彼の魔力と剣が独自に有する性能、さらには位置エネルギーから置換された運動エネルギーが混交することで、大陸を容易に両断しうる力を得た伝説上の一振りが彼女の頭上から飛来する。小惑星クラスの破壊力を持ったそれを前に、自身の身の安全を憂慮する観戦組の間で、小さくない動揺が伝染する。
しかし、彼女だけは違った。いつもはだらしがなくて、どうしようもなくて、どうにもならないような生活を送っている、無職で引きこもりのニートである彼女だけは。
飄々とした表情のまま、眼前に迫った埒外の暴力に対して優しく右手をかざし、囁くように呟いた言の葉を、僕は聞いた。
「『凍れ』」
その一言だけで、すべてが終わった。
完全に、静止した。
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