第3話 元女騎士、組織一の戦士と出逢う

「どうも、オーバさん」


ブリザードさんは手を振りながら魔女のような老婆に挨拶する。


「ようこそお越しくださいましたのじゃ、元帝国騎士団の『七本槍』、ブリザード・フメール様、それにその付き人様」

「私の前で昔話はしないで。殺したくなる」

「ふぉっふぉっふぉ、これは失礼いたしましたのじゃ」


オーバという名前らしい老婆はしわがれた声で笑った。笑い声まで悪役のようだった。

しかしどうやら、この二人は知己のようである。


「お二人は知り合いなんですか?」


 普段ほとんど外に出ないような彼女の顔見知りという事は、もしかしたら騎士団時代からの知り合いである可能性がある。もしかしたらこのオーバという名の老婆から昔の彼女について聞き出せるかも。

 と、考えていたけれど、それは徒労だった。取らぬ狸のなんとやら。


「うん。闘技場で隣の席だった」

「ふぉふぉ、あの時は二人とも大負けでしたのじゃ」

案の定というか、想定の範囲内というか。

期待外れなくせに期待通りというか。


 とりあえず、来月から渡す生活費を半分にしておこう。

あるいは現物支給への変更も視野に入れなければならない。


「わたくしめはオーバ。新たなる魔王を待望する集団、『エデン派』の者ですじゃ」

 

オーバと名乗った姥桜は慇懃に腰を曲げた。慇懃すぎて少し不快感を覚えた。それと少しの違和感も。

 『エデン派』。

 どこかで聞いたことがあるけれど、それがどこか思い出せない。自分の胸に問いかけてみたけど返事は無い。まったくもって使えない胸だ。この世界にあるものの中で、男の胸以上に使えないものの存在を僕は知らない。


「早速で悪いんだけれど、私はどうすれば魔王になれる?」

 ブリザードさんは老婆に視線を戻すと、朴訥とそう言った。

普段からだらしなく、さらにはサバサバしたところのある彼女は、ここでも早速本題に入ろうとする。普段から貴重な二十代の時間というものを冗費しているくせに、こういう時に限って無駄を省略しようとするんだよな、この人。


 そんな彼女の様子を察知してか、オーバ刀自は早速話を本題に入れた。


「ブリザード・フメール様には、これから試験として我が一派の戦闘員と戦ってもらいますじゃ」

 なにやら物騒で面倒くさそうな話になってきた。説明会じゃなかったんかい。ブリザードさんもすっごいキラキラなお目目になっちゃってるし。


「戦闘員と、戦う?」

「ふぉふぉ。わたくしめは現役時代の貴方様の活躍を知っておりますじゃ。それゆえただ今無聊を託っておられるのであれば、ぜひ魔王にと推薦させてもらったのですじゃ。しかし、『エデン派』はわたくしめの他は世俗に関して無知蒙昧な者ばかり。ここはブリザード・フメール様の御実力をあの愚物共に多いにしろしめすため、我が一派の中で最も腕の立つ輩を打破していただきたいのですじゃ」


 老婆は持っていた杖でコン、と床を叩く。すると、その音に呼応して、僕達を取り囲むように大勢の人型が現れた。彼らは全員、眼前のオーバ刀自と同じような、紫色のローブに身を包み、同色のフードを深くかぶっている。多分そのローブが『エデン派』とかいうよく分からない怪しげな一派の制服なのだろう。誰がデザインを決めたのかは知らないけれど、そいつは壊滅的なセンス持ち主だな。まず色合いがラベンダーみたいに鮮やかなものでは無く、痣みたいに黒ずんでいる。デザイン性に関しても、機能性を完全に排除しているくせに意匠を全く凝らしていない。カーテンをそのままかぶっているみたいだ。

なんだか見ていると、家出した妹のファッションセンスを思い出す。アイツもかなり独特な感性をしていたなぁ。

建物の二階部分からも、僕らを見下ろすようにズラリと人型が並んでいた。そういえば、この建物にこれだけの人数が隠れる場所なんて無かったような。まあ、そのあたりについては、今は気にしないでおこう。


 大量に現れた紫色の集団の中の一人、ひときわ大きな体躯の紫色が、教会の入り口側からこちらに向かって近づいてきた。


「その男がわたくしめの一派で一番の腕利きですじゃ」


 そう言われた紫色は、ローブを脱いでその姿を顕わにする。

 目の下にある大きな隈が玉に瑕だけれど、そこそこに顔の造形が整い、そこそこに身体も引き締まっている、いかにもモテそうな雰囲気の若い男だった。つまりコイツは僕の嫌いなタイプの人間だ。


 僕は急いでブリザードさんの顔に視線を移す。あまり彼氏に興味を持っていない様子で、少し安心した。だからといって、彼女の気持ちが僕の方に向いているって訳じゃないんだぞ。驕るな、僕。


隈のある若い男はゆっくりと近づきながら口を開く。


「あんたがオーバ様の推薦するブリザード・フメールねえ。ふうん、なかなかどうして、いい女じゃあないか。気に入ったよ。もし誇り高き僕様が勝ったとしても、試験に落第し、無様に地を這う醜態を満天下に晒す羽目になってしまったとしても、君は誇り高き僕様の愛妾として、我が誇り高き一派に迎え入れてあげることを約束しよう」


……は?

 さっきの発言を訂正。コイツはとんでもなくいけ好かない奴だ。軽佻浮薄が過ぎる。こんな奴に彼女があんなことやこんなことをさせられている姿なんて、想像するだけで吐き気がする。胸が苦しい。彼女にあんなことやこんなことを最初にするのは僕だ。これだけは誰にも譲らない。譲ることなどできない。世の中に蔓延るありとあらゆるジャンルの中で、BSSほど唾棄すべきものは無い。当事者ともなれば猶更だ。

 その展開だけは、なんとしても阻止しなければならない。

僕の命に代えても。


「もしブリザードさんが負けたとしても、僕がアイツを倒します。あなたをあんな奴のモノにはさせませんから」


 僕は満腔の覚悟を持って、彼女にそう囁く。

 少しだけカッコつけて。


 けれど、当の彼女は僕の宣言に困惑した様子だった。


「?いくらブランクがあるからって、私はあの程度の使い手には負けないけど」

あくまできょとんとした反応を続けている。


 その上、彼女の隣にいたオーバ刀自にも聞こえてしまっていたらしくて、こっちを見ながら唯一顕わになった口許からニヤニヤとしているのが伝わってくる。

……ヤバイ。

キメ顔までしちゃって、すごく恥ずかしい。


「……なら大丈夫です。頑張ってください、応援してます」

「うん、勝つよ」

「ふぉっふぉ、いやいやまこと、青春はげに美しきかな、ですじゃ。それでは外に向かいますじゃ。ここでやっては教会が完全に壊れかねないですじゃ」

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