第3話 妹の友達が世話をしてくる。

 つかさちゃんは家事が好きだ。

 もっと小さい頃からお母さんと一緒に料理や洗濯や掃除をしていたのが、ある意味では遊びみたいに楽しくてやっていたみたいで、それは今でも続いてる。


 遊んでばっかで何もできない、目玉焼きすら作れないうちの妹とは全然違う。

 彼女は僕の家の家事すら手伝ってくれる。


「いつもありがとう、つかさちゃん」

「いえいえ。好きでやってますから」


 妹と遊ぶためにうちに来たはずなのに、夕食の下ごしらえ、リビングの掃除、洗濯物を取り込んで畳むなど、つかさちゃんは自分からやってくれる。

 「そんなの僕がやるから」と言っても聞かずに、「じゃあ一緒にやりましょう」ってどれも手伝ってくれるのだ。


 なんていい子なんだろう。

 しかも手つきがよくて慣れていて、僕の方が後れを取るくらい。

 僕が遅いからほとんど全部やってもらってるようなものだ。


 その間、妹はやっぱり部屋にこもって出てこない。

 別に慣れてるからいいんだけど、せめてこの光景を見るくらいすればいいのに。


「はい、おしまいです」

「ほんとありがとう。いつもいつも、お礼もできてないのに」

「好きでやってるんですからそんなのいりませんよ。私、お兄さんとこうしてるの楽しいんです」


 なんていい子なんだろう。しかもちょっとドキドキまでしてきた。

 彼女はせっかく善意でやってくれてるのに、そういう、下心みたいなものは反応にすら出しちゃいけない。

 だってこんなにいい子なんだもの。こっちも気を引き締めなければ。


「疲れてませんか?」

「え? 僕? 僕なんか全然、ほとんどやってもらっちゃったみたいなもんだし」

「いえ! 疲れてるかもしれないので少しゆっくりしましょう!」


 急につかさちゃんが元気になって僕の背中を押してきた。

 言った通り疲れてはいないんだけど、ここまでやってくれたつかさちゃんに逆らうのもなんなので言う通りにする。


 ソファに座って、背後につかさちゃんが立った。

 何をするんだろうと思ったけど、なんとなく予想はついてる。


「肩、お揉みしますね」

「えっ。いや、何もそんなことしなくても」

「いいんです! 私がしてあげたいんですから」


 振り返って顔を見たけど、両手で肩を掴まれて押さえつけられてしまった。本当なら逆に僕がするべきなのに。

 と思ったけど、それはそれでセクハラかもしれない、なんて考えたら大人しくされた方がいいのかもしれないと思った。


「じゃあ……お願いします」

「はい! 早速始めちゃいますね」


 これじゃ至れり尽くせりじゃないか。

 家事してもらって、肩まで揉んでもらうって、メイドか召使いみたいな感じ。そういうのはよくないなぁ、って思うんだけど、僕の押しが弱いせいでいつもお返しする前に更なる恩を売られてしまう。


 本当に、ここまでしてもらうならドカーンとお返しをしなきゃだめだ。

 家事をしてもらうなんて今日や昨日だけの話じゃないのだ。

 記念日とかクリスマス……いや、なんでもない日にお返しするくらいじゃないと。


「んしょ。よっ。ほっ」


 つかさちゃんが僕の肩を揉んでくれている。

 疲れているとか、凝っているとか、そんな自覚は全くないけど気持ちいい。

 こんなにもいい子なんだから日常的にお父さんやお母さんの肩を揉んでいるのかもしれないな。僕は肩もみに詳しくないけど素直に「上手い」と思った。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 少しするとつかさちゃんの呼吸が乱れ始めた。

 やっぱり家事で疲れてるのかな? 気持ちいいけど無理させるのは悪い。


「つかさちゃん、大丈夫?」

「えっ⁉ な、何がですか⁉」

「息乱れてるから疲れてるのかと思って」

「あぁいえいえいえ! 違います、大丈夫です! むしろ元気ですから!」

「そう? もうやめた方がいいんじゃ――」

「やめるなんてとんでもないっ! もちろん無理もしてません! こ、このまま続けますね!」


 すごい勢いで否定されてしまった。まあ、元気ならいいんだけど。


「お兄さんの髪の匂い……」

「え? 匂う?」

「ハッ⁉ いやっ、あぅ、そういう意味じゃなくて⁉ い、いい匂い、というかいい香りだなーと思って!」

「そう? そんな? みあと同じシャンプー使ってるんだけどそれかな? でも風呂入ったのは昨日の夜なのに」


 シャンプーの匂いって、そんなに残るもの?

 あんまり意識したことないからわからないな。妹も基本部屋にいるし。


「ってことは、私とも同じシャンプーですね。同じの使ってるんです」

「そうなの? あれ薬局とかで買ってる安いやつだよ。まあ、みあが指定してきたやつでいい匂いだけど」

「ふふ、私とみあちゃんで決めたんです。好きな香りなので」

「へぇーそうなんだ」


 初めて知った。でもそういうのはそこそこあるし、他にも似たようなのはいくつもあるから、そりゃそうかって感じ。

 僕もあまり物には、少なくとも生活必需品とかに関しては使えればいいって思ってるタイプだから拘ってない。ほとんどの物は妹と同じ商品を使ってる。


「歯ブラシとかもそうだったよね。ってことは結構つかさちゃんと同じなんだ」

「ふふ、はい。そうなんです」

「前にも聞いたかもしれないけど、それって嫌じゃない? みあはともかく、男の僕と同じってさ」

「嫌じゃないです! 嬉しいですよ!」


 意外にも強く言い切られた。

 そうなんだ。本人がそう言うなら僕は平気、っていうか、ちょっと気持ち悪いかもしれないが嬉しいくらい。


「私、お兄さんの匂いが好きで、ほっとするんです。髪や服や指先……肌のにおい」


 そんなに? 僕って臭いのかな……。

 ただ、好きって言われるのは何であっても嬉しかった。


「お兄さんの髪……サラサラして、真っ黒で、きれいだなっていつも思うんです」


 そんな風に思われてたなんて。特別なことは何もしてないけど、なんだか嬉しい。


「染めない方がいい?」

「うーん、お兄さんが染めたいなら止めませんけど、私としてはこのままで」

「じゃあこのままにする」

「へへ、やった」


 「えへへ」なんて可愛く笑って、つかさちゃんは上機嫌そうだ。

 妹と遊ぶために家に来たにしては、いつもなんだかんだで妹と遊んでない時間が多い気がするのに、機嫌が悪くなってるところを見たことがない。


「髪褒められるなんて初めてだ。多分そんなに見られたことすらないし」

「そうですか? ってことは……は、初めてをもらっちゃったわけですね」

「そうだね。つかさちゃんが初めてだ」

「えへへへへ」


 なんかちょっと気になったけど、今日もつかさちゃんはただただ可愛かった。

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