第67話

どこかで期待していたのかもしれない。



虐げられる私の様子を外野から嘲笑い、時には同情するかのように見ていた人達。



そんな、酷く滑稽で無様な私を時雨は知らないって。



そんな過去があったとすら思わないだろうって。



けれど、時雨の態度を見て勘付いてしまった。



時雨は私が今までどんな目に合って、どんな惨めな生き方をしてきたのか知っている。



私が虐められていたことも、底辺な存在だったのかも。



それが恥ずかしくて、居た堪れない。




誰かに危害を加えられたと容易に思い付かれ、何の疑いもなく決めつけて、それを追求してくる時雨の全てが屈辱でしかなかった。



時雨みたいに、誰からも慕われて、何でもできて、常に中心にいる人間に情けをかけられることが、私の中で捨てきれなかった尊厳ってやつを見る影もなく引き裂いた。



もしあの時、私が本当のことを答えて犯人を言えば間違いなく何かしらの報復をしただろう。



それが容易に想像できてしまう。



それが嫌だ。嫌で嫌で仕方ない。






私は、大学に来たことで何かが変わった気がしていた。



誰からも虐められることも見下されることもなく、普通の生活を送っていると。



だから無理をしてでも大学に通い、寝る間も惜しんで働いていたのに。



‥‥結局、何一つ変わっていなかった。



彼女達に囲まれただけで、反抗することもできずに虐げられるだけの情け無い自分に戻ってしまった。



そこで思い知った。



私は、ある意味時雨に助けられていたことに。



時雨が側にいたからこそ、彼女達は表立って私を虐めることができなかったんだろう。



だけど、我慢の限界が来たんだと思う。



彼女のことだ、自分よりも底辺の存在に想い人をとられていてもたってもいられなかった。



だから、こんな真似をした。



何故こんな無謀なことを?そんなの、考えなくても分かる。



どうせ私が彼女だと気づくことすらも想定内だったのだろう。



それでも、私が彼女だと言えないことを知っていたんだ。






何よりも嫌だったのは、時雨からの〝大丈夫か?〟の一言を期待していた自分だ。



時雨に守られている環境で、時雨に縋るような心の弱さに吐き気がする。





悔しい。



悔しくて悔しくて堪らない。



時雨に縋ってしまいそうになったことが、無様な姿を見られたことが。



八つ当たりのように、怒鳴り散らしてしまったことが。







ーー分かっていたはずなのに、知っていたはずなのに。




それを時雨に見られたことで、より現実味が湧いてきたんだ。



自分の立場ってものを。








あまりにかけ離れている。



あまりに違いすぎている。





その事実が、私の捨て切れなかったちっぽけなプライドを粉々に打ち砕いた。

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