第68話



「小夜さん」


「‥‥」


「小夜さん、入ってもいいですか?」


「‥‥うん」


「どうしました?痛いですか?医者を呼んできましょうか?」





無表情で一点を見つめたまま、ピクリとも動かない私に、優しく声をかけてくる無名。



どこか諭す様な言い方を不思議と不快に思うことはなかった。



無名は私を無様だとか、醜いだとかは思わないだろう。



そんな確信があったからだ。



無名なら、私がいくら滑稽でも笑ったりしなければ中途半端な同情もしないだろう。



無名の顔を見て、少しだけ気が和らいだようだ。






「ちょっと、来て」


「これでいいですか?」


「もっと近く」


「あの‥‥小夜さん?」




何かに縋りたくて、近づいてくれた無名にそっと抱きついた。




「大丈夫、じゃないですよね?」


「‥‥うん」


「痛かったですか?」


「‥‥うん」


「怖かったですか?」


「‥‥うん」


「今も、痛むでしょう」


「‥‥うん」





本当は、呻き声を上げそうなくらいに痛い。



気を抜けば、泣き出しそうなくらいに痛くて堪らない。









「側にいますよ」


「‥‥‥」


「泣き止むまで、ここにいます」


「‥‥‥」


「小夜さんが望むのなら、いつまでも一緒にいます」


「‥‥‥」


「だから、泣いてもいいんですよ」


「ーーっ」






労わるように優しく背中を撫でる細い手。



包み込むように背中に回された腕。



触れた箇所から伝わる、少し低めの体温。



その全てが、身も心も穢れきった私の全てを受け入れてくれているようで、心地が良い。



ドロドロとした感情が溶け去っていく。



まるで、無名に浄化でもされているようだ。

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