第65話

「〝誰〟って何が?」


「は?」


「〝誰〟にやられたって、何を根拠に言ってるの?」





私の様子が変なことに気付いたらしい時雨が、怪訝そうな目を向ける。



その視線が、余計に私を苛つかせた。







「誰にも何も、足を滑らせて転んだだけなんだけど。それなのに何、何も知らないくせに私が誰かに危害を加えられたと勝手に決めつけてっ!」


「お前、何を言ってーー」


「それに何をそんなに苛々してるの?どうして私が責められないといけないの?私が何か悪いことでもしたっていうの?」





これが本当に私の言葉だろうか。



そんな疑問が浮かぶほどに、自分でも知らずのうちに勝手に喋ってしまう。






「そんなに時間がないんなら私のことなんて放っておけばいいでしょ?そんな面倒くさそうな態度をとるなら、ここにいなきゃいいでしょ?」




話す度に体中が痛む。



だけど、そんなことも忘れてしまうほどに怒りで我を忘れていた。







「‥‥転んだなんてそんなふざけた嘘が通用すると思ってんのか?」


「嘘じゃないからっ」


「仮にそうだとしても、そこまで大怪我するわけないだろ」


「そんなことなんであんたに分かるのよ!現にこうなってるじゃない!」


「戯言を言うのも大概にしろ。どんな転び方したら正面から倒れてそんなに顔に傷が出来るんだ」


「‥‥は?」


「鏡を見ろ、鏡を」






釈然としないながらも近くにあった鏡で自分を見て、言葉を失った。



何箇所も縫ったような跡があるし、顔中が痣やら腫れやらで見られたものじゃない。



自分でも自分だと認識できないほどに、醜いものだった。

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