第60話

「ねえ」


「‥‥‥」


「もう寝たの?」


「‥‥‥」




ムカムカとしてきてそれを紛らわせるように話しかけるが、どうやら熟睡しているらしい。



意味もなくじっとその背中を見つめていると、寝返りを打った拍子に憎たらしいほどに整った時雨の顔が視界に広がった。



手持ち無沙汰になり、その黒髪に触れるとこれが意外と柔らかくて気持ちが良いことに気付く。



どこをとっても、欠点などない。




私とは違う世界を生きている。



何もかも手に入れていて、何もかもを手に入れることができるだけの力を持っている。



羨ましいとか妬ましいとか、そんな浅はかな感情を抱くことすら憚れるほどの存在。



それが今、この瞬間だけは私の好きなようにできると思うとそれなりに優越感というのを感じる。



都合も良く熟睡しているからといって、普段はしないことを沢山した。



滑らかな頬を抓ったり引っ張ったり、小さな三つ編みを作ったり、鼻をそっと摘んでやったりそれはもう好き放題だった。



満足した私は、そのまま寝落ちしたせいで。








「ーーったく、お前は猫かよ」





まさか、その一部始終がバレていたとは知る由もなかった。

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