第54話

いつもなら再起不能になるまでに抱き潰されるが、今日は珍しく起き上がってシャワー浴びるだけの体力が残っていた。



先に風呂場に向かった時雨と入れ違いで部屋に戻ると、背を向けて横になっていた。



どうやら疲れているらしい。



無理もないか。



長いこと家を空けていたばかりだというのに、また3日も帰って来なかったのだから。



体力が未知数な時雨も、さすがに疲労が溜まるはずだ。







「眠いの?」


「別に」



こんな時でさえも、この男には可愛げなんてものは無縁なようだ。







「無名をお前につける。俺がいない時はあいつの部屋にいろ」


「別に構わないけど、どうして急に‥‥」


「今回の件で、お前も無名も馬鹿みたいに死に急ぐタチだと改めて思い知った。だから、お前に役割を与えることにした」


「役割?」


「無名を人間にしろ」




突拍子もない話に唖然とした。






「あいつには〝個〟ってものがない。全てはあいつの中での普通の人間ってやつのイメージを、見様見真似で演じているだけの〝器〟でしかない。その上、自己犠牲が過ぎるときた。今のままでは、そう遠くない内に限界が来る」


「それで、私に何ができるの?」


「お前と無名は所謂生き写しだ。互いが互いの鏡のような存在。だからこそ、何が必要で何が欠落しているのかを嫌ってほど理解できるはずだ。その連鎖の末に、無名に〝人間性〟を見つけさせろ。それは、お前にしかできないことだ」


「‥‥」


「現に、あいつはお前といる時が一番人間らしくいられるようだしな」


「‥‥」


「俺相手だと、主従関係という前提が壁となる。俺が何を言ったところで、ただの命令と化す。それでは意味がないんだ。あいつがあいつ自身で変わらねぇと」


「大切なのね、無名のことが」





こんなに饒舌な時雨を初めて見たかもしれない。









「当たり前だ。あいつは俺の、唯一無二の直々の部下だからな」








その言葉の裏にある、時雨の抱える闇。



それに今の私が気付くことはできなかった。

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