第35話

「おい、しっかりしろっ!」





耳を劈くほどの大声に、奈落へと沈みかけていた意識が引き戻された。








「息吸え!」




言われるままに息を吸い込むと、真っ白になっていた頭に酸素が行き渡る。



まともに思考が働かず、聴覚も視覚も定まらず、ここが何処で、夢なのか現実なのかも定かではない。



だが、その声には何故か反射的に従ってしまう。








「まだだ」


「‥‥っ」


「もっと吸え」




何度も何度も繰り返し呼吸をしていると、口に当てられたものが自分の呼吸器であることに気づいた。



落ち着いてくると同時に激しく咳き込めば、大きな手が優しく背中をさする。









「落ち着け」


「‥‥っ」


「もう、大丈夫だ」






諭すように〝大丈夫だ〟と繰り返す声色は、普段からは想像できないほどに穏やかなものだった。

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