第29話
「行くぞ」
散々待たされて痺れを切らせた時雨が、私の腕を引いて歩き出す。
「気をつけてな」と笑顔を向ける銀先生に軽く頭を下げて時雨の後に続いた。
会話もなく歩みを進めていると、不意に騒がしい声が聞こえ数人の学生とすれ違えば、一人の女が私を見た。
ーー否、見たなんて生易しいものではない。
冷たく、それでいて射抜くような鋭い眼差しだ。
だが、ほんの一瞬のことで友人から話しかけられると、何事もなかったように笑顔で答えていた。
時雨といれば、こうして負の感情を向けられることは少なくない。
一々気にしていると身が持たないため見て見ぬ振りをしているが、あの女は例外だった。
いくらその存在を自分の中で消そうとしても、無理だ。
いくら〝無かった〟ことにしようとしても、あの女にされたことは一生忘れることはできない。
「おい、どうした」
突然足を止めて動かなくなった私を不審に思ったのか、振り返って怪訝そうな顔をする時雨に我に返った。
「‥‥別に。早く帰りましょう」
釈然としない様子の時雨の腕を、今度は私が引くような形で歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます