第12話








「今から出掛けない?」





無名の部屋で当たり前のように居座って読書をしていると、仕事がひと段落したらしい無名がパソコンを閉じたのを見計らって声をかけた。









「どこにですか?大学ではありませんよね?」


「少しだけでもいいから外に出たいの。長いこと引きこもっていたから気が滅入ってるの。お願い、絶対に逃げたりしないから」





無名は時雨の指示で、私を監視するために先に戻って来たことは何となく察していた。



だけど、基本的には大人しく従っているのだから、これくらいの頼みは聞いてくれてもいいんじゃないかと思う。










「無名が一緒なら問題ないでしょ」



「しかし、若からは必要な時以外では外に出すなと」



「私がパニック障害を抱えているのは知ってるはずよ。‥‥そして、その原因も」







最近は食事も喉を通らない。



独りで部屋にいると昔のことを思い出して突然激しい不安に見舞われたり、息切れやめまいなどの発作に襲われてパニックに陥ることもある。



だからこうして、図々しいと分かっていながらも無名の部屋に居座っているんだ。



時雨がいる時はこんなことはなかったのに、どうしてだろう‥‥。








「分かりました。しかし、この事は予め若に伝えておきます。事情を話せば分かって下さるでしょうから」






事情を話したくらいで、時雨が納得するとは思えないが、今は後々のことなんて気にする余裕がない。



一刻も早く、ここから出たい。



ずっと不安で、焦っているような気持ちになるのにその理由が分からなくて、余計に気を病んでしまう。



自分で自分のことも分からない。



これではただの情緒不安定だ。








「大丈夫ですよ」




ふわりと柔らかい何かに包まれる。









「若は近いうちに戻ってきます。絶対にあなたを捨てたりしません」





無名と触れ合うことはよくあるが、こうして抱き締められたことも、安心感を覚えたのも初めてだ。










「‥‥そんな心配はしてない」



「小夜さんって、自分のことには疎いですよね」



「何、皮肉?」



「いえ。ただ、私とあなたは似ているのか思考回路が読めるんです」


「私と無名が、似てる‥‥」





いや、全然似てないと思うんだけど。









「似ているというのは境遇の話だったのですが、軽率でしたね。比べる事すらも烏滸がましい。小夜さんと違い私は〝穢れている〟」






自虐するように笑った無名。




その表情があまりにも痛々しくて、今まで無名のことを能面のようだとか、感情がないだとか、勝手に憶測で決めつけていたことを心の底から後悔した。

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