第11話

「私は、自ら若のモノになったのですよ」



「‥‥自ら?」



「私が初めて若と出会った時に言われたんです。〝俺の元に来れば、お前をもっと上手く使ってやる〟と」





無名と時雨はあくまで推定らしいが1つしか年は変わらない。

つまり、当時の時雨は7歳くらいということになる。



にも関わらず、子供のうちからそんな言葉が出てくるなんて‥‥。



驚きを通り越して呆れた。








「利用価値が無くなる、あるいは飽きられて売られる。ずっとそう思ってきました。そんな生活の中、若に声を掛けられて付いて行ったんです」



「どうして、付いていったの?」



「『どうするかはお前が決めろ。だが、自分で決められないというのなら、俺のモノになれ』と言われたからです」


「‥‥それが決め手?そんなのただの傲慢じゃない」






押し付けがましいにもほどがある。



出会い頭に人をモノ扱いするなんて、正気の沙汰ではない。








「確かに、一般論はそうなのかもしれません。けれど、私はその時に初めて自分が人間であることを実感したのです。人から意思を尋ねられることなど、今まで一度もなかった。人に使われることだけが存在意義だった。そんな私を、1個人として若は接してくれた」


「でも、決められないなら俺のモノになれっていうのはどうなの?結局は時雨も〝モノ〟扱いしてるじゃない」


「選択の余地を与えられただけで全然違いますよ。それに、私は若のモノになったことで少しだけ人間に近づけたような気がします」


「‥‥」


「無名という名は、〝例え名前があろうとなかろうと、私が何者で、どんな人生を歩んでいたとしても関係ない。私の命は若のモノ。それ以外の何者でもない、それが私の存在価値にして存在理由〟という若の意向から決められました」






どんな理由であれ、〝無名〟を名前にするのは決して好ましいことではないけれど、無名ほどその名前が似合う人はいない気がした。











「小夜さんはどうですか?」



「私?」



「若のことを、どう思っているんですか?」






言葉にしようにも、どう表現をしたらいいのか分からなくて黙り込む。




私にとっての時雨とは何だろう。








「‥‥分からない。でも、害悪であるのは確か」





日頃から、犯罪まがいのことをされているんだ。




時雨の存在が、私にとって良くないのは確かだ。










「私が思うに、小夜さんにとっての若は、そう悪い影響を与えるだけの方ではないと思います」



「‥‥どこが」






私が時雨にされてきたことを無名が誰よりも知っているというのに、どこからそんな思考が湧いてくるのか理解できない。










「いつか、その意味が分かる日が必ず来ます」





やけに確信めいたその言葉を、今の私は受け入れることはできなかった。

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