甘えられるときは

第36話

19時 rose 扉の前

「ありがとうございました」

 最後のお客様をホールスタッフ全員(+藤井弘樹)で見送った。

 そして、最後のお客様の姿が完全に見えなくなったことを確認すると、來未が皆に向かって、

「みんな今日は、いつも以上に大変だったと思うけどお疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

 來未の呼びかけに、真理華をはじめ、ホールスタッフが全員が返事を返す中、藤井だけがぼっと遠くを見つめていた。

 なので……

「……藤井君? 大丈夫?」

「ななな七橋先輩!」

 來未の言葉に、藤井は思わず大きな声を出す。

「どうしたの大丈夫? 疲れちゃった?」

 優しい声で藤井にはなし掛ける。

「だだ大丈夫です」

「そう? ならいいけど? 辛かったらすぐに言ってね?」 

「はい! あぁりがとうございます」

 來未の気遣いに頭を下げる藤井。

 しかし、すぐになにかを思い出したかのように、

「……あの? 七橋先輩?」

「なに?」

「あぁあの? 兼城先輩と矢崎先輩は、僕がこっちに来たあと、本当に二人だけで大丈夫だったんでしょうか?」

 店長命令とは言え、自分は、自分の持ち場であるキッチンを離れた。

 そのせいで先輩である二人に大きな負担を掛けてしまったのではないかと藤井は、一日中不安と葛藤していた。

「あの二人なら全然大丈夫だよ。それに……」

 來未は、他の皆には聞こえない様に、そして、彼だけに聴こえる様に、彼のすぐ近くまで行き彼の耳元に向かって……

{……私の可愛い後輩を二人がかりでいじめたんだから……あの二人には少しぐらい痛めに遭ってて貰わないと?}

{……せんせせせ先輩?}

 いつもとはまるで違う來未に藤井は思わず顔が強張る。

 しかし、すぐさままた耳元に、

{なんてねぇ? やっぱり二人じゃあ無理だったみたいで、早々に店長に助けを求めたら、店長にこれでやっとお前らも藤井の大切さが判っただろうって、説教されたって、兼城君が泣きながら私に謝ってきたから、私も謝る相手が違うでしょ? って? 彼に二重でお説教したいたよ! だから……}

 ななな七橋先輩!

 顔近いです。

{いまだけは、私に甘えなさい! コレ! 先輩命令です}

{……はい}

 藤井は、みんなに聴こえない様に、小さな声で「はい」と返事を返した。

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