第31話
11時
「いらっしゃいませ。2名様ですか?」
来店した若い女性の2組に、來未は優しい口調で話し掛ける。
「あぁはい! あぁでも、あとからもう一人、友達が遅れてくるんやってくるんですけど大丈夫でしょうか?」
來未の問いかけに、二人のうち手前の方にいた女性が代表して、來未の質問に答える。
「大丈夫ですよ! それに、お客様がそのようなことを心配なさる必要はありませんよ?」
営業スマイルでお客である女性二人組の不安を一気に取り除く。
一方の、お客である女性二人は、そんな來未の笑顔に、何故か頬を赤く染める。
「おお客様?」
「あっぁぁはい!」
「あの? 大丈夫ですか? もし気分が優れないのなら……」
「あぁ大丈夫です!」
「そうですか? では、席にご案内致します。こちらにどうぞ」
來未は、女性客二人に向かって左手を伸ばす。
しかし、差し出された來未の左手の薬指には、あるはずの物がなかった。
そう、もうそこにあった指輪はもうない。
あるのは、指輪のあとだけ。
★
「それでは、オーダーを確認させて頂きます。オムライス、ミートスパゲッテ、コーヒーが2杯。クリクリフルーツパフェと雪降るフルーツゼリーは、食後でよろしいでしょうか」
「はい。大丈夫です」
來未に問いかけに、女性客二人は「はい」と返事を返す。
「では、料理ができるまで少々お待ちください」
頭を下げ、奥に戻ろうとした來未を女性の一人が引き止める。
「あぁぁの?」
呼び止められた來未は、なにか追加するのかと思い、ポケットに戻したばっかりのハンディターミナルをもう一度取り出す。
そんな來未を見て、女性は慌てて
「あぁ! 違います! 追加注文ではありません! あのその……」
「ん?」
ハンディターミナルをポケットに再び戻しながら、來未は、首を傾げる。
「あぁぁすみません。私と一緒に写真撮って貰ってもいいですか?」
女性が頬を真っ赤に染めながら、來未に撮影をお願いする。
「あぁはい! 大丈夫ですよ! じゃあ……」
來未は、女性の要望に笑顔で「はい」と返事を返すと、撮影しやすいように女性の横にしゃがみ込もうとしたら……、
「あの? 店員さんの名前教えて貰ってもいいですか?」
といきなり自分の名前を教えて欲しいと聞かれた。
このタイミングで。
來未は、そう心の中で思いながらも、そこは我慢として、
「七橋です」
と名字だけ教えた。
普段胸に付けているネームプレートにも苗字しか書いていない。
「七橋さん」
「はい?」
名前を呼ばれた來未は、しゃがみ込むのをやめて一度立ち上がった。
「私って気持ち悪いでしょうか?」
「えっ? あぁすみません」
來未は思わず出てしまった言葉について慌てて謝罪する。
「私は、可愛いものに目がないんです。だから、今日みたいに可愛いもの、つまり、七橋さん。貴女みたいな方に私は目がないんです。けど、私のことをあまり知らない人から見たら、私のこの行為は、気持ち悪く映るみたいで。あぁ! すみません。今日初めて会った店員さんにこんな話をしても……あぁそうだそうだ! 写真! 里穂写真お願い」
來未から離れて、バックの中から自分のスマホ(青色)を取り出し、一緒に来ていた友人に渡し、自分の話しで呆然としている七橋に掛ける。
「七橋さんも、写真お願いします」
「あぁはい」
來未もそんな彼女……水原陽菜の声に、釈然としながらも、営業スマイル一瞬で作り上げると、急いで彼女の隣にしゃがみ込み、彼女の友人である海老名里穂の掛け声で、一緒に写真に納まった。
「ありがとうございました。一生の宝物にします」
「こちらこそ。喜んで貰えたならよかったです。では、オーダーをあぁ! そうだ!」
キッチンにオーダーを伝える為、今度こそ裏に戻ろうとしていた來未は、なにかを思い出したかのように、陽菜の前にしゃがみ込みと、彼女の耳元で囁くように……
『……水原さん。貴女の方がまだましですよ? 私なんか、活字バカの辞書好きですよ?』
『えっ? あぁ…』
來未からの驚きの告白に、思わず大きな声を出そうとした陽菜の口を來未がと寸前のところで塞ぐ。
「では、お客様、私のこれで失礼します」
と何事もなかったかのように裏に戻っていった。
★
「七橋さん。凄かったねぇ?」
來未がいなくなったあと、里穂がスマホで撮った写真を陽菜に見せながら、彼女にはなし掛けてきた。
「…そうだね?」
來未の言葉が気になって仕方ない陽菜は、里穂の言葉に一言「そうだね」と返事を返す。
一方の里穂は、來未の容姿が気になって仕方がない。
「それにしても、七橋さんの容姿すごかったねぇ? 女性の私でもちょっと興奮しちゃった。でも、あんなにすごいと七橋さん大丈夫なのか?」
と里穂は、さっきまで自分達と一緒に居た來未のことが心配になってきた。
★
roseでは、今日と明日、ホールスタッフ全員、クリスマス仕様の特別な制服で接客を行う。
しかし、急きょ出勤する事になった來未は、元々栞が着るはずで用意してあったコスチューム(サンタクロース)を着て接客をすることになってしまあった。
ただ、一つ問題があり、栞と來未とでは、見た目もそうではそもそも身長も全然違う
なので、どうしても、他の女性スタッフより肌の露出が多くなってしまう。
そのせいか、そんな來未のことをいやらしい目で見てくる客がいるのだか、そんなお客様には……
『お客様、うちのスタッフがなにかご無礼をいたしましたか?』
とすぐさま、店長や男性スタッフが鬼の形相という名の天使のあいさつで優しく声を掛けるので、いやらしい目で來未のことを見ることができない。
★
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