第29話
「えっと……七橋先輩大丈夫ですか?」
扉を見ながら呆然と立ち尽く來未に、黙って二人の会話を聞いていた柚原凜が恐る恐る声を掛ける。
「あぁ……ごめん! わたしなら大丈夫。でも……」
二人の話を最初からではなく、途中からの盗み聞きなので、二人がいたい何の話しをしていたのか性格には判らない。
けど、真理華ちゃんのあの感じすると、きっと私に聴かれちゃ恥ずかしいこと?
「あぁ! 宇野先輩のことなら、七橋先輩が気にする事はありませんよ! 宇野先輩の自業自得ですから。あぁ! そうだ! 神林先輩は大丈夫ですか?」
「栞?」
いきなり栞の話題が出て首を傾げる來未。
「はい! 宇野先輩から訊いたんですけど、神林先輩が昨日から体調を崩しているって?」
「あぁそっちねぇ。栞なら大丈夫だよ! 昨日は、朝から熱が出て一日中寝て過ごしたらしいけど。今日はもう何ともないらしいよ!」
「ん? だったら、今日もともかく、明日は神林先輩、出勤できたんじゃあないですか?」
柚原の意見は最もだ。
だか、そんな柚原に、來未から予想外の言葉が返ってきた。
「それがねぇ? 今度は、栞の看病をしていた彼氏さんの方が熱で寝込んじゃったんだって」
「あぁ……じゃあ? 今度は神林先輩が?」
「そう? 自分は、彼氏さんに仕事を休んで貰ってまで、一日看病して貰っても、自分だけ病気の彼氏を家に置いて、独り仕事に行けないって。それに栞自身も熱は引いたとはいえ、まだ、1日にしか経ってないから、私が強引に代わったの! 風邪を甘く見たらダメって!」
風邪だって重症化したら、死ぬことだってある。
來未は、それを身をもって体験した過去がある。
なので、再び栞に嫌われる覚悟で、匠さんごと寝室に押し込んだ。
そして、栞が勝手に外に出て行かない様に、匠さん用のお粥と栞の分の食事を用意してから部屋をあとにした。
★
「……そうですよね? 風邪は甘く見たらいけませんもんねぇ?」
柚原は、苦笑いをしながら來未の言葉に返事を返す。
「だよねぇ? だから、柚原君も風邪には気をつけてね? この時期は、インフルエンザも流行ってるから」
「あぁ……はい。あの? 七橋先輩?」
「なに?」
「先輩は大丈夫なんですか? 体調の方は?」
「わたし? 私なら全然大丈夫だよ!」
まぁ? ここ最近、とくここ2週間は、怒涛の日々だった。
けど、それはあくまで個人的なことで、柚原君は関係ない。
「……だったらいいんですけど? けど、無理はしないで下さいねぇ? 木野崎から聴いたんですけど、七橋先輩は、一昨日まで、まともな休みが1日しかなかったって」
自分は、ほぼ学業優先で、バイトにもあまり出る事ができない。
それに、ここ最近はイベントも重ねって(研修旅行・文化祭)殆んどバイトに出れなかった。
例え、出れたとしても半日勤務。
なので、他の皆にシフトの面でかなりの負担を掛けている。
だから、木野崎から七橋先輩の事を(激務)のことを聞いて申し訳ない気持ちになった。
「……木野崎君がそのこと?」
困ったようで頭を掻きむしる。
しかし、そこに彼に対する怒りは全くない。
「はい。だから本当に申し訳なくて、自分のせいですよね? 七橋先輩がこんなに忙しの?」
「柚原君のせいじゃあないよ! 私がただ、人よりか多く働きたいだけ。それに、私、今、いろいろお金が必要なの!」
「引っ越しでもしたんですか?」
柚原は、來未の恋愛事情どころか、來未に恋人がいたことすら知らない。
※木野崎も
「そう! 2週間前にねぇ? だから、色々揃えないといけないものがいっぱいあって、お金がいくらあっての足りないの」
「そうなんですか?」
「そう! だから、栞には悪いけど、私には、今回の出来事はラッキーだったの? イベント期間中は時給あぁ! 私もう! アルバイトじゃあなかったねぇ? 柚原君! いまの話しは栞には内緒ねぇ?」
恥ずかしいそうに自分の口元に手を当てながら、柚原に「シィー」とお願い來未。
そんな來未の表情に柚原は……
「……はい」
と返事を返した。
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