見えなかった世界

第19話

22時 ビジネスホテル「はなみず」 

 ベットの上。

 仰向けで天井に向かって両手を伸ばしながら、

 なにがどうしてこうなるだろう?

 いまから約2時間前、家に泊めてもらう筈だった栞とちょっとした事で喧嘩し、宿を探す為に、大きなキャリーケースを持って華水駅までを一人歩いてやってきた來未は、突然知らない男に右を掴まれた。

 両手に大きな荷物を持っていたので、襲ってきた男に攻撃どころか、逃げることができなかった。

 それでも、まだ20時、周りには営業している店舗、そして、駅前ということで歩いている人が歩行者の人もいたので、私は、大きな声で助けを求めた。

 すると、その声が届いたのか……

「警察だ! お前! そこでなにしてる!」 

 店長(樹怜)が、その男に向かって叫んでくれた。

 勿論、その時は、店長の声だけで、姿は全く見えなかったけど、私には、救いのヒーローが現れた。

 そんな気分だった。

 もし、あそこで店長が私の声に気づいてくれなかったら……

「もう……総一郎さんに捨てられたどころじゃあなかったよなぁ? 店長には、感謝しても感謝……いやぁいやぁ」

 そこまで言って、來未は、店長に抱きしめられたことをまた思い出してしまう。

 知らない男にいきなり腕を掴まれ、助けを呼ぶことしかできず(反撃を恐れて)いつまで経っても震えが止まらない自分を店長が抱きしめてくれた。

 勿論、彼にとってはわたしを落ち着かせるための店長なりの行動だったかもしれない。

 けど……

「違う違う!」

 來未は、伸ばしていた両手を下ろして、そのまま両目を塞ぐ。

「……店長は、私を落ち着かせる為にしてくれただけ。そう! 店長は……」

 店のスタッフである私が、偶々暴漢に襲われていたから助けてくれただけ。

 そう! そうに決まってる!

 じゃなかったら、わたしみたいな……2度も恋人に捨てられた女を助けてくれるはずがない。

 そう、藤井君だって……

{……七橋先輩。僕は、貴女は好きです。だから、先輩に好意を抱いても、悪意は抱きません。勿論、悪口も。僕は……ずっと、貴女に恋をしていました}

 私が……総一郎さんに捨てられた寂しい女だから、あんな言葉を言ったに決まってる!

 そう、誰も私みたいな女に、恋したり、助けたりするはずがない!

 そう、私は……もう人を好きになってはいけない。

 私は……

「……はい。もしもし」

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