第12話

女子更衣室

「おかえり來未。早かったねぇ? もうタイムカード切ってきたの?」

 恋人の遠藤匠に、來未のことを連絡する為、本当はやってはいけないが、來未に自分の分のタイムカードも一緒に切ってきて欲しいと頼んでいた栞は、更衣室に戻ってきた來未に、早かったねと声を掛ける。

「いやぁ? まだ」

「えっ? なんで? 早く切っておいでよ?」

「そうしたいのは、山々なんだけど……できないって言うか?」

「んっ?」

 來未の言っている言葉の意味が解らない栞は思わず首を傾げる。

「ねぇ? 栞、わたしって店長に笑顔で媚びたり、後輩に威圧的な態度で命令してる?」

「はぁ? 誰がそんなデタラメなこと言ったの?」

 老若男女問わず、來未は、店に来る人ほぼすべての客から好かれる。

 勿論、來未自身の性格もあるのかもしれないが、彼女は、誰に対しても優しい。

 だからこそ、來未の周りには自然と人が集まってくる。

「それは……言えない」

「なんで? 來未、そいつに悪口言われたんでしょ?」

 なんでそんな奴のこと護るの? 悪口言われたんでしょ?

「それは……そうなんだけど」

 返事を返す來未もどこか歯切れが悪い。

「もしかして、そいつのこと庇ってる?」

「そそそそそんなわけある訳ないじゃあん。もう、栞、変なこと言わないでよ!」

 図星だったのか、來未の声が大きくなる。

 それどころか、両耳が少しだけ赤くなっている。

「……ふっん。來未さんは誰のことを庇ってるのかな?」

 新たな恋のフラグが立ったかもしれない親友に、さっきまでの怒りはすっかり消え去ってしまった。

「誰のことも庇ってないから!」

「……本当? 私なんかに気遣わなくていいんだよ?」

 ニヤニヤしながら、親友の顔を見詰める栞。

 婚約者に最悪の形で振られ……いやぁ? そもそも、二人は交際すらしていなかった。

 だから、來未が杏な糞野郎のことなんかすぐに忘れて、次の恋に向かってくれるなら、私も嬉しい。

 そして、次の愛こそ成功して欲しい。

 そう……今度こそ。

「気遣ってないからないから! むしろ言えないのは、言ったら私のほうが気まずくなるからだよ! そうじゃあなくても、私のプライベートのことで皆に心配かけてるし」

 そう、だから……もうこれ以上、皆に心配かけることはできない。

 もしかしたら、私の勘違いかも知れないし。

「……來未?」

「だから、もうこの話は終わり。ほら? 帰りの準備して、栞も一緒にタイムカード切り行こう」

 強制的に話を終わらせると、ロッカーの鍵を開け中から貴重品を入れたミニバックと制服を押し込んだ黒のリュックサックを取り出し、背中に背負い、再び鍵を閉めた。

 黄色のキャリーケースは、ロッカーの中に入らなかったので、総一郎さんの家から拝借してきた(盗んできた)南京錠も使い二重ロックをし、同じく彼の家から拝借してきた、スーツケースベルトで二つのケースを持ちて部分を結びロッカーの前に置いた。

「あのさ? 來未?」

 準備を終え、更衣室を出て行こうとした來未を栞を呼び止める。

「なに?」

「あぁ……匠さんが、來未の為に美味しいご飯作って待ってるって」

 本当は、別のことを言おうとしていたが振り返った來未の表情を見て、急きょ話題をへんこうした。

「本当っと! 匠さんのご飯美味しいから楽しみ!」

「……うん。匠さんも、來未の為に腕によりをかけて美味しい料理作るって。全く……匠さんの彼女は、來未じゃあなくて私なんだけどねぇ?」

「……嫉妬ですか? 栞さん? 自分の彼氏が、例え親友とは言え、他の女性に手料理を食べさせるから。嫉妬してるんですか?」

 さっきとは、立場が逆転している。

 その為か、來未は、さっき栞にやれらたことをまるっきり、同じ内容でやり返した。

「してないわよ! ってか嫉妬なんかするわけないじゃあない!」

「もう、栞ちゃんったらそんな大きな声出して。そんなに心配しなくても匠のことは奪ったりしないから大丈夫だよ! 本当、栞は、匠さんの事がだいすきなんだね?」

 ニヤニヤしながら、栞を見る來未。

「……そうだよ? 私は匠さんのことが大好きだよ? あんたに言われなくても」

「……栞?」

 もしかして怒った?

「あんたに私のなにが解るの! いつも、かわいいくて美人なあんたと比べられて、店に来るお客さんからも、私じゃあなくて、來未の方がよかったって、オーダーを訊きに行く度に、毎回毎回言われて、それでも我慢してオーダーを訊いて注文品を持って行ってもやっぱり來未が言われる私の気持ち、あんたに解る? 解られないよねぇ? プライベートのことでもみんなに心配して貰える可愛く美人な天然ちゃんの來未には?」

「……」

 そう來未に告げると、栞は來未を置いて一人、更衣室から出て行った。

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