第85話

1年後……雫丘出版社 晴海編集部

「それにしても、まさかお前が鮫島と結婚するとはなぁ? 世の中なにが起こるか分からないなぁ」

 鮫島宏太との結婚の報告をしにきた黒木に、堂城は、思わず本音を漏らす。

 黒木は、今、晴海編集部を離れ、漫画部署内の「桜の丘」で、少女漫画の編集者として働いている。

 本当は、大学時代に一度インターンをした文芸雑誌「ここみ」を希望を出したが、断れてしまった。

 そこで、白羽の矢が立ったのが、いま働いてい漫画編集部「桜の丘」だった。

 桜の丘で、胡桃はいま、先輩の補佐をしながら、日々勉強している。

「そんなことないですよ? 私が、ただ、鮫……いやぁ? 宏太に恋をしただけですけど。 それに、私よりか堂城先輩の方が何かいいことがあったんじゃあないんですか? さっきから顔がにやけてますよ?」

 なにか嬉しい事でもあったんですかと堂城に尋ねる。

「やっぱりわかるか?」

「解りますよ? 顔がいつも以上にキモイですから!」

「なぁ!」

 元上司に言う言葉かと突っ込む。

「それで、一体なにがあったんですか? 一切興味ないですけど?」

「ないのかよ!」

「ありません! けど、先輩の惚気を訊くのも後輩の……あぁ! 元後輩だったしたねぇ?」

 掛けていた眼鏡(伊達)をブリッジをくいんと上に押し上げる。

「……お前、最近、なんか百花に似てきてねぇか?」

「そうですか? まぁ? 百花とは10年来の親友ですから。それに……」  

 言葉を一旦切り上げ、窓の外を見上げる。

「私達……全員、貴方に片想いをしていた身なので。まぁ? 叶わない恋でしたけど」

「それは……」

 堂城が、胡桃になにが言おうとした瞬間、

「先輩?……私や百花。それに、璃菜が最初から、叶わうことがない解っていながら、8年間も思い続けた堂城誠也先輩は、誰が何と言おうと、私の目の前にいる先輩だけです」

「……黒木」

「だから……」

 堂城のほっぺにキスをする。

「……好きです先輩!」

「!」

 胡桃からの突然のキスに驚きながらも、

「なにやってたんだよ!」

 とツッコミを入れる。

 すると、そんな堂城のツッコミに、胡桃をボケで返事を返す。

「なに? 興奮してるんですか? ほっぺにキスぐらいで。キモ!」

「なぁ?」

「そんなに警戒しなくて、先輩のことなんか襲いませんよ? それとも、襲って欲しいんですか?」

 身体を堂城に近付ける。

「ふざけるなぁ!」

 胡桃を振り払う。

「……先輩? 奥さんのこと、これからも大事にしてあげてくださいねぇ?」

「……黒木?」

 さっきまでとあきらかに様子の違う胡桃に、堂城に不安そうに声を掛ける。

「……やっぱり、先輩の惚気話は、また今度訊きますねぇ? 一度になんでも聞いちゃうと楽しみがなくなってしまうので。じゃあ? 先輩? 璃菜とついでに宏太をこれからもよろしくお願いします」

「……あぁ」

 そう言って、晴海編集部をあとにした胡桃。

 それから2日後、胡桃が突然雫丘出版社を退社し、そのまま姿を消した。

 ある人物に宛てた手紙を残して。

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