第66話

「どどどどどどどど」

 黒木が、女子トイレに駆け込んだ!

「さささささ鮫島君が、わわわわわたしにキキききキス!」

 鮫島から突然のキスに、言葉と言動があっていない。

「それに……」

『黒木。俺ずっと待っているから。お前が、俺に振り向いてくれるまで!』 

 キスのあとに、自分に告げられたまるで告白にも取れる言葉。

「私は、正直言って、鮫島君のことなんかなんとも思っていない。でも……」

 左指で唇に振れると、鮫島君の温もりがいまの唇に残っている。

「いやいやいやいや!」

 鮫島君は、私のこと好きなのかもしれないけど、私は、鮫島君のことなんかなんとも思ってないから!

「そう! さっきのキスだって、色んなことがあって、落ち込んでいた私を励ます為の行為にしか過ぎないんだから! そう! 私は……ようやくあの人への……恋?」 

鏡に映る自分の顔。

「私……本当に、あの人のことが好きだったのかなぁ?」

 昨日だって、鮫島君のことがなかったら……

「私……ぶぶぶぶうぶうぶうう」

「!」

 ジャケットの内ポケットに入れていたスマホのバイブレーションが響き渡る。

 黒木は、慌ててスマホを取り出し、電話の相手を確認する。

「澤井先輩!」

 澤井ほたるは、黒木がインターンの時に、お世話になった元文芸雑誌「ここみ」先輩編集者で、今は、夫婦でパン屋兼カフェを経営している。

「……澤井先輩! お久しぶりです! 元気でしたか?」

「……うん元気だよ。突然なんだけど? 今日ちょっと仕事終わりに会えないかな?」 

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