第46話

「百花!」

「市宮百花!」

 突然、現れた市宮百花に、胡桃だけではなく、鮫島宏太まで百花の名前を叫ぶ。

 そんな二人の呼びかけに、百花は、二人に向かって営業笑顔(スマイル)を向けると堂城のいる方向に歩いていき、彼の隣までくると、堂城にだけ聞えるぐらいの小さな声で、彼に何かを囁くと、囁かれた方の堂城も、百花にだけ聞えるぐらいの彼女になにかを囁くと、そのまま黒木と鮫島になにも告げずに編集部から出て行っ……

「ちょっと待って下さい! 逃げるんですか?」

 自分達に、なにを言わずに出て行こうとした堂城を鮫島が慌てて呼び止める。

 鮫島の呼びかけに、堂城は、後ろを振り返り、

「逃げるって? 俺は、ただ、用事が済んだから、妻が待つ自宅に帰るだけだけど」

「黒木との打ち合わせまだ終わってませんよねぇ? それに、なんで市宮百花さんが、ここにいるのかもまだ説明して貰ってないんですけど」

 鮫島は、説明求むと言わばかり、堂城の顔を睨みつける。

 しかし、堂城から返ってきた言葉は、鮫島が求めていた言葉ではなく、

「お前?  もしかして、黒木の事、好きなのか?」

「……えっ?」 

 堂城からの予想もしていなかった言葉に、鮫島の動きが止まる。

「そうなの? 鮫島君って、胡桃のこと好きだったの!」

 百花が、堂城に同調するかのように、さらに畳みかける。

「えっと……」

 助けを求めるように、鮫島が黒木の方を見る。

 けれど、助けを求められて黒木は、鮫島から視線を逸らす……それどころか、

「堂城副編集長! 急用を思い出したので、やっぱり打ち合わせ明日にして貰っていいですか?」

「あぁぁ! 俺は、別にいつでも構わないが」

「ありがとうごさいます」

 自分のデスクに戻り、群青色のリュックを背中に背負い、改めて3人の前にやってくると、

「じゃあ? お先に失礼します」

 と挨拶をすると、そのまま何も告げずに、出て行ってしまった。

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