第16話

8年前 黒蝶編集部(小泉璃菜:22歳)

「今日から、うちで1ヵ月インターンをする大学生の小泉璃菜さん!」

 将来、大手の出版社で、編集者として働くことを希望していた私は、大学の長期休暇を利用して、同じく、出版社で働くことを希望していた胡桃と一緒に雫丘出版で、1ヵ月インターンをすることにした。

 胡桃は、小説や漫画を読むのが好きなので、文芸雑誌の編集部(ここみ)を希望し、希望通りの部署で、1ヵ月インターンをすることができた。

 その一方で、自分は、雑貨や食べものを主に扱う「晴海」編集部をインターン先に希望していたのだか、何故か希望とは真逆の政治、経済を扱う「黒蝶」編集部で、インターンをすることになってしまった。

「小泉璃菜さん。今日から、1ヵ月よろしくお願いします」

 編集長の藤原奏(元黒蝶編集長)の紹介に、私は、自分でも自己紹介をして、頭を下げる。

「小泉さんは、将来、出版社で編集者と働くことを希望している。もしかしたら、近い将来、お前らのライバルになるかもしれないぞ!」

「藤原さん!」

 藤原の言葉(冗談)に、私は堪らず、やめて下さいの意味を込めて彼の名前を呼ぶ。

 しかし、そんな私の言葉をかき消すように、私の前に、一人の男性がやってきた。

「……お前、なんで編集者になりたい?」

「えっと? 読む人を楽しませたいからです」

 突然の問いかけに驚いながらも、その男性に向かって、編集者になりたい理由を答える。

 しかし、返ってきた言葉は、

「甘いなぁ」

「それってどう意味ですか!」

 私は、男性の発言に、怒りを覚え、どういうことですかと理由を尋ねようとしたら、

「ちょっと堂城君! 小泉さんになに言ってるの! ゴメンねぇ小泉さん!」

「あぁいえ!」

「ほら! 堂城君! きみも謝って! ほら! 早く」

 藤原編集長から堂城(25)と呼ばれた男性は、一瞬、不機嫌そうな顔をしたが、

「すみませんでした」

 そして、そのまま何事もなかったかのように、自分のデスクに戻って行った。

「……小泉さん。本当に、良かったの? 今ならまだ……」

「藤原さん! 私なら大丈夫です! それに、堂城さんの言う通りです! 私、編集者の仕事を甘く見てました! だから、この1ヵ月で色々勉強させてください!」

 晴海編集部でのインターンを希望したのに、その希望が通らなかった理由は、当時晴海の雰囲気が今ほどよくなかったから。

 そして、退職が出たばっかりで、新人を募集していた「黒蝶」の藤原湊編集長が、偶然、インターンを聞きつけ、だったら、うちで引き受けてもいいですかと? 当時、雫丘出版の編集長だった竹畠圭太編集長に直談判し、私は、急きょ「黒蝶」でインターンをすることになった。

 けど、いま思うと、あの時、「晴海」ではなく堂城副編集長がいたあの時の「黒蝶」でインターンをすることが出来て本当によかったと思う。

 私の宣言に、藤原編集長は、小泉さんと小さな声で私の名前を呼びながら、 

「こちらこそ、1ヵ月よろしくお願いします」

 と私が差し出した手を強く握り返してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る